#6【畑の声・秋】⑤芋づる式の一日 ⑥白くなるまで(5分小説)
ーあらすじー
この畑は、みんなが調和している小さな宇宙。誰もひとりにはならない。 75歳のおばあさんと小さな命たちが紡ぐ、優しくて少し切ない土の香りの物語。 👉物語の全体あらすじ・登場人物はこちら
第5話「芋づる式の一日」10月 — さつまいもの畝で
十月の朝、おばあさんはいつもより早く起きた。
今日は特別な日だ。孫たちが畑に来る。小学三年生と一年生の女の子、そして保育園の男の子。さつまいも掘りを楽しみにしている、と昨日電話で聞いた。
「喜んでくれるかな。うまく掘れるかな」
おばあさんは台所に立ちながら、ひとりごとを言った。おにぎりを握りながら、昨日作っておいた芋づるのきんぴらを小さな容器に詰める。芋づるは、さつまいもの葉っぱの下のつるの部分。地上に出ていて、土の中のさつまいもをずっと見守っている。捨てる人も多いけれど、きんぴらにすると柔らかくて、食べたことのない食感だ。
「おいしいんやけどな。わかってくれるかな」
子どもたちが来たのは、十時ごろだった。
「おばあちゃーん!」
一番下の男の子が駆けてきて、おばあさんの腰にぎゅっとしがみついた。おばあさんは思わず笑った。
さつまいもの畝に連れていくと、子どもたちの目が輝いた。
「どこにあるの?」
「土の下よ。つるを引っ張って穴を掘ってみて」
三年生の女の子がつるをつかんで、えいっと引いた。ずるずると土が動いて、紫色のさつまいもが顔を出した。

「あった!!」
「もっとある!もっとある!」
芋づる式に、次々と芋が出てくる。子どもたちの歓声が畑に響いた。一年生の女の子は夢中になって土を掘り、男の子は掘り出した芋を両手で抱えてぎゅっと離さない。
しばらくすると、今度は草むらでバッタを見つけた。虫カゴを持ってきていた子どもたちが、キャーキャー言いながら追いかける。男の子は転びそうになりながらも必死についていく。おばあさんはその様子を見ながら、腰をおろした。
「元気やねえ」
お昼になって、みんなで畑の隅に座ってお弁当を広げた。おにぎり、卵焼き、それから芋づるのきんぴら。
三年生の女の子がきんぴらを一口食べて、首をかしげた。
「これ、なに?」
「さつまいものつるよ。さっき畑にあったやつ」
「え、食べられるの?」
「食べられるよ。美味しいやろ?」
「美味しい!何これ、食べたことない味!」
一年生の女の子も食べた。男の子は黙ったままもぐもぐと食べて、容器に手を伸ばしてまた食べた。あっという間に容器が空になった。
「もっと食べたい」
おばあさんはうれしくなった。
「じゃあ、帰りに芋づる持って帰り。おうちで作ってもらって」
子どもたちは「やった!」と声をそろえた。男の子だけ、にっこり笑って両手を上げた。
帰り際、子どもたちはさつまいもをかごいっぱい抱えて、芋づるを束にして持って、虫カゴにはバッタを入れて帰っていった。
「またね、おばあちゃん!」
手を振る子どもたちの後ろ姿を見送りながら、おばあさんはしばらくそこに立っていた。

畑が、急に静かになった。
「にぎやかやったねえ」
さつまいもの畝に向かって、おばあさんはそっとつぶやいた。
◆ ◆ ◆
— その夜の夢のなか —
夢の中で、さつまいもと芋づるが並んで座っていた。
「今日、子どもたちが来てくれたね」とさつまいもが言った。
「わたし、ずっと地上にいたんだよ」と芋づるが言った。「さつまいもが土の中で育つのを、ずっと見守りながら」

「そうやったんか」
「でも収穫の時、たいていそのまま置いていかれる。食べられるって知らない人が多いから」
「もったいないねえ」
「今日ね、あの子が『何これ!食べたことない味!』って言ってくれた。それがすごくうれしかった」
おばあさんはうれしくなった。
「あなたの味、ちゃんと伝わったんやね」
芋づるは照れたように葉っぱを揺らした。
さつまいもが続けた。
「わたしも全部使ってね。皮も、端っこも」
「もちろんやよ。余すところなくいただくのが、この畑の流儀やから」
夢の中の畑に、秋の風が吹いた。
「また来年も来てくれるかな、子どもたち」
「来てくれるよ。絶対また来てくれる」
男の子が両手を上げて笑う顔が、夢の中にも浮かんだ。
翌朝、おばあさんは残った芋づるできんぴらをもう一鍋作った。ごま油の香りが台所に広がる。炊きたてのご飯と一緒に食べると、秋の味がした。
「ごちそうさまでした」
手を合わせると、遠くで子どもたちの声がまだ聞こえるような気がした。
◆ ◆ ◆

🍠 さつまいもの命を余すところなく
芋づるは葉の下のつるの部分。カルシウム・鉄分・食物繊維が豊富。
きんぴらにすると柔らかく不思議な美味しさに。
さつまいも本体は食物繊維・カリウムたっぷり。
皮ごと調理すると栄養まるごといただけます。
芋づるのきんぴらレシピはKuwatoteキッチンの人気記事1位!
捨てられちゃうから。食べてもらえると思ってなかった。
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第6話「白くなるまで」11月 — ネギの畝で

今週末、息子が手伝いに来ることになっていた。ネギの土寄せは四回目、最後の仕上げだ。重いスコップで何畝も土を寄せる作業は、七十五歳のおばあさんにはもう少し手強くなっていた。
「一畝でも進めておいたら、あの子が少し楽やろ」
おばあさんはその朝、息子が来る前に畑に出た。十一月の朝はひんやりとしている。でも東の空から朝日が差し込んで、土がすこしずつ温まってきていた。
スコップを手に取って、ネギの根元に土をかぶせていく。ざく、ざく、ざく。
体が温まってきた。もう少し、もう少し。
一畝の途中だった。作業を始めて二十分ほどが経ったころ。
「っ……」
腰に鋭い痛みが走った。その場にしゃがみ込む。立ち上がろうとすると、また来る。動けない。
スコップをそっと置いて、おばあさんはそのままネギの畝の前に倒れ込んだ。
「情けないねえ……」
でも、不思議と気持ちは穏やかだった。朝日がじわじわと背中に当たって、土が温かい。十一月なのに、体の芯がほぐれていくような温かさだった。目の前には、白くなりかけたネギたちが、風もないのに静かに立っている。
痛みはある。でも怖くはなかった。
「もう少しやれると思ったんやけどね」
おばあさんはネギに向かって、小さくつぶやいた。
◆ ◆ ◆
しばらくして、息子が畑に入ってきた。
「お母さん、来たよ——」
声が途中で止まった。
おばあさんが地面に座り込んでいる。スコップが横に置かれている。
「お母さん!」
駆け寄ると、おばあさんが顔を上げて笑った。
「ああ、来てくれた。ちょっと腰がね」
その笑顔が、息子にはかえってつらかった。
ずっと元気だった。畑仕事も、家のことも、ひとりでなんでもこなしてきた。だからまだ大丈夫だと思っていた。もう少し余裕ができたら、もっと手伝いに来ようと思っていた。そのもう少しが、ずっと続いていた。
「なんで……僕が来るってわかってたのに」
「一畝でも進めておいたら、あなたが少し楽かと思って」
息子は何も言えなかった。
そっとおばあさんの腕を支えて、ゆっくり立たせる。おばあさんは少し顔をゆがめたが、黙っていた。家まで連れ帰って、横にならせてから、息子はようやく口を開いた。
「お母さん、頼むから。大きいスコップはもうやめて」
「大げさやで。ちょっと休んだら——」
「大げさじゃない」
息子の声が、少し震えた。
「地面に座ってるの見て……怖かった。ずっと元気やから、まだ大丈夫って思ってた。それが甘えやったって、今日やっとわかった」
おばあさんは黙っていた。
「これからは、もっと来る。できる限り来る」
「あなたにも仕事があるやろ」
「それでも来る」
おばあさんはしばらく天井を見ていた。それから、静かに言った。
「……ありがとうね」
息子が畑に出ていった後、おばあさんは目を閉じた。胸の奥がじんわりと温かかった。土の温かさと、似ていた。

夕暮れ前に、息子は土寄せを終えた。泥だらけになって戻ってきた。
「終わったよ。下手やったかもしれんけど」
「ありがとうね。助かったよ」
「来週も来る。ノートに書いてあること、ちゃんとやるから」
おばあさんは笑った。
「まじめやねえ、あなたは」
◆ ◆ ◆
— その夜の夢のなか —
横になったまま、おばあさんはうとうとした。
夢の中で、ネギが話しかけてきた。
「今日、息子さんが来てくれたね」
「来てくれたよ。怒ってたけど、泣きそうやった」
「ずっと元気なお母さんしか知らなかったんでしょ」
「そうやねえ。心配かけてしもたね」
ネギはしばらく黙ってから、静かに言った。
「おばあさん、わたしのこと聞いてほしいことがある」
「なに?」
「白い部分を長くするために、春から半年以上かかった。土寄せを四回も重ねて、光を遮って、ずっと土の中にいた。誰にも見えないところで、白くなろうとしてた」
「そうやね。長かったね」
「息子さんも、そうじゃないかな。仕事をしながら、ノートに書きながら、ずっと準備してた。見えていないところで、ずっと」
おばあさんは黙った。
「今日、地面に座ってるおばあさんを見て、息子さんに何かが届いたと思う。見えていないところにあったものが、やっと見えた瞬間やったんじゃないかな」
「……そうかもしれんね」
おばあさんは目が熱くなった。
「わかったよ。余すところなく、ぜんぶいただくよ」
夢の中の畑に、冬の前の静かな風が吹いた。
◆ ◆ ◆

三日後、おばあさんはまた畑に出られるようになった。ネギの畝を見ると、息子が土寄せした跡が残っていた。少しぎこちなかったけれど、ちゃんとネギの根元まで土がかぶさっていた。
「ありがとうね」
おばあさんはネギに向かってつぶやいた。ネギのためか、息子のためか、自分でもわからなかった。
その夜、おばあさんは青ネギをたっぷり使ってグラタンを作った。白い部分も青い部分も、全部一緒に。ホワイトソースをかけてとろけるチーズをのせて、オーブンへ。ネギの美味しい香りが台所いっぱいに広がって、体の芯から温まった。
「ごちそうさまでした」
手を合わせると、窓の外に冬の星が光っていた。
◆ ◆ ◆

🌿 ネギの命を余すところなく
白い部分は春から半年以上かけて育てたもの。
土寄せを何度も重ねて、光を遮って初めて白くなります。
その手間と時間が、あの甘さと柔らかさに詰まっています。
青い部分には、抗酸化物質が豊富。
さらにネギ独特のぬめりは水溶性食物繊維とオリゴ糖の仲間で、
腸まで届いて免疫力を高めます。
風邪やインフルエンザが気になる季節には、青い部分ごといただくのが一番。
見えていないところにも、大事なものが詰まってる。
それをわかってくれる人がいれば、それでいい。
畑の声 秋編 完
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参考:
・文部科学省 食品成分データベース
・厚生労働省 e-ヘルスネット
