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不思議ハンター:『葬送のフリーレン』が教える都合のいい真実(5千文字)


不思議ハンター:『葬送のフリーレン』が教える都合のいい真実

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ボクの名前は、常世 藤四郎(とこしえ とうしろう)。「不思議ハンター」さ。世界は不思議であふれていて、ボクはそれを集めている。なぜ不思議を集めているのかって? だって世界の不思議には、しっかりとした理由があるように、ボクには見えるから、その理由を求めているのさ。でも、何よりも不思議なのは、みんなが不思議を不思議と思わないことかな。それが、ボクが不思議ハンターになった大きな理由かもしれない。

今日、君に紹介する不思議は、ボクが感動して泣いてしまったアニメ作品の中に隠された、深遠な智恵の物語。え? ボクはいつの時代に生きてるのかって? 今は2025年という設定だし、ボクだってアニメも見るよ。特に、神様の出てくる話は大好きさ。

この物語が描くのは、盲目的な崇拝ではない。過酷な現実を生き抜くための「実利的な知恵」と、他者への深い「献身」が同居した、非常に成熟した信仰の形。その問いは、ボクたちが「救いとは何か」を、静かに、しかし力強く教えてくれる、心の羅針盤のような物語なのさ。

1. 静かなる物語が提示する「大人の信仰」

アニメ『葬送のフリーレン』は、全体を通じて静謐で穏やかなトーンが貫かれている。派手な魔法バトル以上に、長く生きる者たちの哲学や、人と人との心の機微が丁寧に描かれる点が大きな魅力なんだ。

その中でも特に現代人の心に響くのが、僧侶であるハイターやクラフトが語る「信仰」へのスタンス。彼らの考え方は、盲目的な崇拝ではない。過酷な現実を生き抜くための「実利的な知恵」と、他者への深い「献身」が同居した、非常に成熟したものといえる。

以下に紹介する二つの対話には、彼らの思想が色濃く表れている。不思議ハンターとして、ボクはこの対話の中に、現代を生きるボクたちへの深いメッセージを見出したのさ。

2. 信仰にまつわる二つの対話

天国の存在意義と「都合のいい」解釈

【アニメ『葬送のフリーレン』 第4話「魂の眠る地」より】

ハイター
ご家族ですか?

アイゼン
昔の話だ。俺の村が魔族に襲われてな。何をしている?

ハイター
祈っています。

アイゼン
人は死んだら、無に還る。

ハイター
天国に行くのですよ。

フリーレン
数千年前までは「無に還る」って考えが主流だったからね。ドワーフは伝統を重んじる。まあ、私も天国には懐疑的だけど。今の人類の魔法技術じゃ、死後の魂の観測ができないから、実在を証明できないんだよね。

ヒンメル
どっちでもいいと思うけどな。

ハイター
そうですね。私も実在するかどうかはどっちでもいいです。

ヒンメル
僧侶がそれ言っていいのか、生臭坊主。

ハイター
でも、たとえ実在しなかったとしても、あるべきものだと思います。

アイゼン
なぜだ?

ハイター
その方が、都合がいいからです。必死に生きてきた人の行き着く先が、無であっていいはずがありません。だったら天国で贅沢三昧していると思った方がいいじゃないですか。

ヒンメル
(笑いながら) 確かに都合がいい。祈るか。

アイゼン
おう。

女神への信仰と、誰かに褒められること

【アニメ『葬送のフリーレン』 第11話「北側諸国の冬」より】

フリーレン
クラフトは、どうして女神様を信じているの?

クラフト
フリーレンは信じていないんだな。

フリーレン
天地創造の女神様は、神話の時代を除いて、この世界の長い歴史の中で、実際に姿を現したことは一度もない。

クラフト
若いな。俺も昔はそうだった。だが今は、心の底から女神様を信じている。いや、いてくれなきゃ困るんだよ。俺の成し遂げてきた偉業も、正義も、知っている奴は皆、死に絶えた。だから俺は、死んだら天国で女神様に褒めてもらうんだ。「よく頑張った、クラフト。お前の人生は、素晴らしいものだった」ってな。わかるだろう、フリーレン。自分の生きてきた軌跡が、誰にも覚えられちゃいないってのは、あまりにも酷だ。俺たちは、長い人生を歩んでここにいるんだぜ。

フリーレン
クラフト、それはただの私たちの願望だ。

クラフト
そうだな、天国もか? フリーレン。まあいい、お前の身の上を話せ。俺も話す。お前が信じないっていうなら、女神様の代わりに俺がお前を褒めてやる。

(フリーレンの回想)

ハイター
フリーレン? あなたには褒めてくれる人はいますか? あなたは女神様を信じていないようなので、身の上を話していただければ代わりに私が褒めますよ。

フリーレン
だらだらと生きてきただけだよ。褒められるようなことなんて何もない。

ハイター
つねに魔力を制限しているのに? それは血のにじむような努力のたまものに見えますが。それこそ、人生をかけたような。

フリーレン
気が付いていたの?

ハイター
何年一緒に旅をしていると思っているんですか?

フリーレン
面白い話じゃないよ。

ハイター
かまいませんよ。それに後学のためにもなります。

フリーレン
なんで?

ハイター
もしかしたら、私の子供は魔法使いになるかもしれませんよ。

フリーレン
僧侶は生涯独身でしょ。

ハイター
はっはっはっは

3. ボクが神様を信じる三つの理由

実をいうと、ボクは神様がいると思っている。いや、むしろ「いるとしか思えない」といったほうが正確かもしれない。なぜそう思うのか、理由は大きく三つある。

第一に、この世界の精密さ。

無人島に自転車が置いてあったら、誰だって「人間がいるんだな」と思うだろう。それは、自転車が精密にできていて、自然界で勝手に組み立てられるはずがないからだ。砂浜や海水は「原始的」に見えるかもしれない。でも実際には、それらも電子、原子、量子という精密なメカニズムで成り立っている。昆虫や植物も同じさ。見た目の「原始的」という印象を、現代科学は悉くひっくり返してきた。

宇宙はどうだろう? あんなに巨大なものが、衝突もせずにずっと時計のように秩序を保っている。こんなに精密なことはない。君は、自転車と宇宙と、どっちが精密だと思う?

この世界がハプニングやアクシデントでできあがったと考えるには、あまりにも精密すぎる。だからボクは、誰かがデザインしたんじゃないかと思うのさ。

第二に、神様がいると言う人も、いないと言う人も、同じことをしている。

神様を信じている人の中にも、元気でいい人がいるし、理不尽な人もいる。神様を信じていない人の中にも、元気でいい人がいるし、理不尽な人もいる。つまり、問題は神様以前に、もっと大きな何かがある気がするのさ。

ボクたちは、神様がいるかどうかを問う前に、まず「人間とは何者か?」をほとんど問わない。いや、ほとんど知らない。これこそが人生最大の不思議だと、ボクは思う。なぜ人は人をだますのか? なぜ人は人を傷つけるのか? 神様がいると言う人も、いないと言う人も、同じように人に迷惑をかける。

神様の前に、まず人間について、ボクたちは整理する必要があるんじゃないだろうか。

第三に、どっちでも同じなら、便利な方を選べばいい。

分からないことを「分からない」と言うのも正直だ。でも、前向きで元気になれるんだったら、便利な方を使ってもいいんじゃない? そう、ボクは思うのさ。

そして、このアニメに登場するハイターやクラフトの言葉を聞いたとき、ボクは思った。ああ、ボクと同じことを考えている人たちがいるんだ、って。

4. 自分のための「実利的」な信仰

ハイターとクラフトに共通しているのは、「神がいるかどうか」という真理の追求を放棄している点だ。代わりに彼らが重視するのは、「神がいると考えたほうが、自分にとって都合がいい」という実利的な視点。これは一見、不誠実に聞こえるかもしれない。でも不思議ハンターとして、ボクはここに深い知恵を見出すのさ。

ハイターの論理

必死に生きた人間の結末が「無」であることは、あまりに悲しく、受け入れがたいもの。だからこそ、「天国で贅沢をしている」と考える。それは死者のためであると同時に、残された自分が心の平穏を保つための機能的な思考法なんだ。

クラフトの論理

長い時を経て、自分の偉業を知る友が死に絶えてしまった孤独。その虚無感に押しつぶされないために、「女神様だけは見ていてくれる」という設定を必要とした。そう考えなければ、彼は自分の人生を肯定し続けることが難しかったのだろう。

彼らは、信仰を「心のセーフティネット」として自覚的に利用している。このドライとも言える合理性は、現代社会を生きるボクたちにとっても、非常に納得感のある「救いの形」なのさ。

5. ヒンメルとの共鳴:「どっちでもいい」という優しさ

この「実利的な優しさ」は、勇者ヒンメルにも共通している。

天国の有無について、ヒンメルは**「どっちでもいいと思うけどな」**と語る。これは無関心ではなく、ハイターへの肯定だ。「事実として天国が存在するか」よりも、「仲間が祈ることで救われるならそれでいい」というスタンス。

フリーレンの登場人物たちが魅力的なのは、このように「正しさ」で相手を論破するのではなく、「都合のいい優しさ」を互いに許容し合っている点にある。不思議ハンターとして、ボクはこの関係性の中に、真の思いやりの形を見るのさ。

6. ハイターの有言実行:「子供」という希望

ハイターの実利的な思考と献身は、フェルンへの行動で結実する。

かつてフリーレンに「私の子供は魔法使いになるかもしれませんよ」と語った際、「僧侶は生涯独身でしょ」と返され、彼はただ笑った。しかし、彼は晩年、戦災孤児のフェルンを引き取り、本当に「魔法使い」へと育て上げた。

血縁にこだわらず、養子という形で家族をつくる。これは、「天国があると思ったほうがいい」という思考と同様に、「自分がいなくなった後も、想いを継ぐ子供がいたほうがいい」という、彼の人生哲学の具現化だ。

彼は最後まで、自分にとっても他人にとっても「都合のいい、幸せな結末」を、自らの手で作り上げた。これもまた、不思議ハンターとして見逃せない、言葉と行動の一致という美しい物語なのさ。

7. 他者のための「献身的」な代行

彼らのさらに素晴らしい点は、その「都合のいいシステム」を他者に強要しないこと。相手が信仰を持っていない場合、彼らは速やかに次の行動をとる。

神の代わりを自分が務める

「女神様を信じないなら、目の前にいるボクが、君の努力を認めよう。褒めてあげよう」というスタンス。

これは、「信仰というツール」を持たない相手に対する、最大の配慮だ。神という概念的な救いではなく、生身の人間としての言葉と関係性で相手を救おうとする。ここには、僧侶としての義務を超えた、人間としての温かい献身がある。

自分の心は「信仰」で効率よく守る。
他人の心は「自分自身の言葉」で手厚く守る。

このバランス感覚こそが、『葬送のフリーレン』の僧侶たちが持つ共通の魅力であり、ボクたちが彼らに安心感を覚える理由なんだ。不思議ハンターとして、ボクはこの二重の優しさに、深く心を打たれるのさ。

8. 現代を生きるボクたちにとっての「都合のいい」設定

この物語では、信仰の対象が「女神様」という設定だが、ボクたちの現実世界で対象が神様や仏様であれ、あるいは特定の名前を持たない大いなる何かであれ、その機能は同じ。懐疑的な人が多い現代だからこそ、ハイターやクラフトの思考は響く。

ボクたちは、ヒンメルが言ったように、真実がどうであれ「どっちでもいい」と受け入れることもできるはず。

神様が愛してくれている。ボクたちは、その愛をただ受け取ればいい。そういう設定で生きていけばいいんじゃないだろうか?

必死に生きているボクたちが、行き着く先が「無」であっていいはずはない。だったら、天国で贅沢三昧を楽しむのもいい。あるいは、ソクラテスのように、天国で先輩賢者たちとの哲学対話を心待ちにするのもいい。自分が本当に好きなことを、思いっきりできる場所があると信じた方が、ずっといいじゃないか。ボクは、そう思うのさ。

これは逃避ではない。これは、過酷な現実を生き抜くための知恵。そして同時に、信仰を持たない人々への深い思いやりでもある。不思議ハンターとして、ボクはこの「都合のいい優しさ」こそが、現代における最も誠実な救いの形だと確信している。

『葬送のフリーレン』に登場する僧侶たちの言葉は、君が人生の岐路に立ったとき、きっと優しい灯火となって、進むべき道を照らしてくれるだろう。

この物語がどんな結末を迎えるのか、ボクは知らない。もしかしたら、ヒンメルのように「どっちでもいい」と思っているかもしれない。でも、そんなニュートラルな態度で、ボクはこの物語の結末を楽しみにしているよ。


▼Amazon Prime Video:葬送のフリーレン

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