格言シリーズ:塞翁が馬(さいおうがうま)
格言シリーズ:塞翁が馬
1.読み:さいおうがうま
2.意味
「人生における幸不幸は予測できない」という意味を持つ格言です。一見、不幸に見える出来事が、実は幸運につながったり、逆に幸運だと思っていたことが、不幸を招く原因になったりすることがあります。このため、目先の出来事に一喜一憂すべきではない、という教訓を伝えています。
3.出典
「塞翁が馬」は、古代中国の前漢時代に成立した思想書『淮南子(えなんじ)』の「人間訓(じんかんくん)」に記されている物語です。この話は、道教的な思想に基づき、物事の変化は予測不能であるという考え方を示しています。
4.原文と現代語訳
近塞上之人、有善術者。馬無故亡而入胡。人皆弔之。其父曰、「此何遽不為福乎。」居數月、其馬將胡駿馬而歸。人皆賀之。其父曰、「此何遽不能為禍乎。」家富良馬、其子好騎、堕而折其髀。人皆弔之。其父曰、「此何遽不為福乎。」居一年、胡人大入塞、丁壯者引弦而戰、近塞之人、死者十九。此獨以跛之故、父子相保。故福之為禍、禍之為福、化不可極、深不可測也。
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国境近くに住む占いの得意な老人がいた。
ある日、その馬が何の前触れもなく異民族の地へ逃げた。人々は気の毒に思ったが、老人は「これがどうして幸福にならないと言えようか」と言った。
数カ月後、逃げた馬が立派な駿馬を連れて帰ってきた。人々は祝福したが、老人は「これがどうして災いにならないと言えようか」と言った。
家に良い馬が増えたので、息子が乗って遊んでいたところ、落馬して足の骨を折った。人々は気の毒に思ったが、老人は「これがどうして幸福にならないと言えようか」と言った。
一年後、異民族が大挙して国境に攻め入った。働き盛りの男たちは皆、戦いに出て、多くの者が命を落とした。しかし、足が不自由だった老人の息子だけは兵役を免れ、親子ともに無事だった。
このことから、幸福が災いとなり、災いが幸福となる変化は極めることができず、その奥深さは測り知れないのである。
5.歴史上の事例
徳川家康は、故事の老人のように目先の出来事に一喜一憂しない豪胆さを示した人物として知られます。1573年の「三方ヶ原の戦い」で、彼は武田信玄に人生最大の敗北を喫しました。しかし、命からがら城に逃げ帰ると、恐怖に歪む自らの姿をあえて絵師に描かせ、「しかみ像」として残させます。家康は、この大敗という「禍」に動じることなく、生涯の戒めとすることで、後の天下統一という「福」へとつなげました。災いを未来への糧とするその姿勢は、「塞翁が馬」の教訓を体現しています。
