「あ」 in The Beginning あるいは ベレシート シェル アレフ (בְּרֵאשִׁית שֶׁל א)(2千文字)

【まえおき】
この読み物の構想も30年前からあって、ずっと停滞してたのが、AIちゃんずと一緒にここまで(第1章前半)作成できました。ついでにAIちゃんずで、ファクトチェックをしたところ、「これは言語学や歴史的事実に基づかない、作者の恣意的な創作物です」的な散々な結果がでました😭一人だけ「素敵な創作ですね」って褒めてくれましたがそのAIは無償版だったのでデータは消失の憂き目にあいました😇ちーん。
と云う訳で、もう一度、強調しておきます。この書き物はフィクションであって、言語学や歴史的事実には基づかない素人の空想です。「これが新しい学術的解釈だ」とか「信者になれ」とかは、一切主張しておりませんのであしからずご了承ください。かしこ。
「あ」 in The Beginningあるいは ベレシート シェル アレフ (בְּרֵאשִׁית שֶׁל א)
第一章
はじめに「あ」があった。「あ」は神と共にあり、また「あ」は神であった。「あ」は言葉であり、はじめから神と共にあった。「あ」は、天地のすべての言葉を作り、万物は「あ」によって成った。成ったもので、「あ」によらずに成ったものはなにひとつなかった。「あ」には、「い」という第一の伴侶があり、また「う」という第二の伴侶がいた。この世界創造のはじまりは、アラビア語の母音がいまなお、長短を問わず「ア」「イ」「ウ」の三つのグループに分類されるという事実にもその痕跡を見ることができる。それは、かの古代インドで、すべての音が神聖な音「A」から生まれたと信じられているサンスクリット語や、天と地と人から文字を創り出したハングル語の原理が、その三つの基本記号の中に、日本語の「あ」「い」「う」と響きあう根源的な母音を秘めているが如くである。
「あ」は、「い」に声をかけた。「さぁ、言葉を産んで増やそう。」そして「い」が答えた。「では私たちの子供を作りましょう。」
そして二人はなすべきことをなして子ができた。しかし女から声をかけたので、「神の子」は生まれず「人の子」が生まれてしまった。その子は「や」であった。なぜなら「い」と「あ」を短めに繋げて発音すると「や」になったからである。これは「いあまと」という発音が「やまと」に聞こえるが如くである。またこれは、なぜ「や行」に「い段」が存在しないかという疑問の答えである。なぜなら、「いい」を幾ら短めに繋げて発音しても「い」に変わりはないからである。
そこで「あ」はもう一度やり直した。今度は「あ」から声をかけた。「それでは我らの子を作ろう。」
そしてなすべきことをなして子ができた。その子は「え」であった。なぜなら「あ」と「い」を短めに繋げて発音すると「え」になるときがあるからである。これは、「逢ひ」が「会(え)」になったが如くである。古フランス語 faire(ファイレ)が現代フランス語 faire(フェール)へと発音変化したが如くである。「え」は「神の子」の一人となった。夕があり朝があった。第一日目である。
「あ」は、「う」に声をかけた。「さぁ、言葉を産んで増やそう。」そして「う」が答えた。「では私たちの子供を作りましょう。」
そして二人はなすべきことをなして子ができた。しかし女から声をかけたので、「神の子」は生まれず「人の子」が生まれてしまった。その子は「わ」であった。なぜなら「う」と「あ」を短めに繋げて発音すると「わ」になったからである。これは「おあこく」という発音が「わこく」に聞こえるが如くである。またこれは、なぜ「わ行」に「う段」が存在しないかという疑問の答えである。なぜなら、「うう」を幾ら短めに繋げて発音しても「う」に変わりはないからである。
そこで「あ」はもう一度やり直した。今度は「あ」から声をかけた。「それでは我らの子を作ろう。」
そしてなすべきことをなして子ができた。その子は「お」であった。なぜなら「あ」と「う」を短めに繋げて発音すると「お」になるときがあるからである。これは、「あふさか」が「おおさか」になったが如くである。ラテン語の aurum(アウルム)がスペイン語やイタリア語の oro(オロ)となったが如くである。「お」は「神の子」の一人となった。夕があり朝があった。第二日目である。
こうして天地には「あ」という神、「い」「う」「え」「お」という「神の子」ら、「や」「わ」という「人の子」らがあった。「あ」は言った。「我らは母音と名乗ろう。そしていまの「人の子」らを半母音と名づけよう。ともに非接触音である。そして、「人の子」らが少ないのは良くない。」
彼らは、神が設計し、彼らに備えられた肺と声帯と口いうとても精妙で便利な器官と、命の息というとても尊い働きと共にあった。「あ」はそのうちの肺と声帯だけを使い、口を閉じた。すると「む」と「ん」という「人の子」らが生まれた。なぜなら、使わない器官があると、「人の子」になるからである。彼らの子孫は、語末では「ん」となり語頭または語中では「ま」の一族となった。
「あ」は世界のはじまりだった。それゆえ「人の子」らには、それ由来の「天地(あめつち)」「我(あれ)」「淡(あわ)」といった子孫が生まれた。
「ま」あるいは「ん」は、「あ」が世界の終わりの一族としてつくった。それゆえ、そこから「魔(ま)」「摩訶(まか)」「末(まつ)」「無・夢(む)」「滅(めつ)」といった子孫が生まれた。そして、世界のはじまりと終わりは、「あ・うん」あるいは「ア・フーム」「アルファ・オメガ」などと呼ばれるようになった。
「あ」は母音と同じように肺と口を使うが、声帯だけを使わないで息を吐いた。すると「は」という人の子が生まれた。彼らの子孫は「熱いスープを覚ますとき」やため息、相槌や悲鳴の一族となった。夕となり朝となった。第三日目である。
(つづく)












