見出し画像

文語訳『ギルガメシュ叙事詩』――死すべき王の探求と、魂の階梯(2.9万文字)


文語訳『ギルガメシュ叙事詩』――死すべき王の探求と、魂の階梯

1. 『ギルガメシュ叙事詩』の紹介

『ギルガメシュ叙事詩』は、古代メソポタミアの地に発する、人類最古の英雄物語です。その起源はシュメール人の伝説に遡り、後にアッカド語で粘土板に楔形文字として刻み込まれました。この叙事詩は、単なる王の冒険譚ではありません。友情と喪失、死すべき運命への怖れ、そして「限りある生」の意味を探求した、普遍的な魂の旅路の記録です。

多くの神話が神々の系譜や世界の創造を語るのに対し、本書は一人の「人間」の苦悩と成長をその中心に据えています。その問いかけの深さは、数千年の時を超え、現代を生きる私たちの心にも静かに響きます。

1.1. 登場人物

物語の世界は、多くの神々、人間、そして超自然的な存在によって織りなされています。

語り部:名もなき吟遊詩人。ウルクの偉大なる王の功績と苦悩を、後世に伝える者。

主人公:ギルガメシュ
ウルクの王。女神を母に持つ半神半人。その力は比類なく、姿は太陽のようであったと伝えられています。物語は、彼の荒ぶる若き日の姿から始まります。

友:エンキドゥ
神々が、ギルガメシュの**対等なる者(a counterpart)として、粘土より創りし野人。物語に二人が瓜二つであるという直接的な描写はありませんが、その力と魂において王に比肩する、まさに「もう一人のギルガメシュ」**と言える存在です。自然そのものの化身であり、ギルガメシュの魂の半身とも言えます。

人間たち

賢人:ウトナピシュティム
大洪水を生き延び、神々から永遠の命を得た人物。メソポタミアの洪水伝承は旧約聖書のノア物語との明確な類似を示し、ウトナピシュティムはその系譜の先行例と見なされています。ギルガメシュに肉体の不死の不可能性と、向き合うべき真実を示します。

導き手:シャムハト
神殿に属する女性(原語 harimtu)。エンキドゥを「受容」することで、獣を人へと導く「文明」の象徴です[注4]。

賢女:シドゥリ
世界の果てにある酒場の女主人。不死を求めるギルガメシュに、人間としての分相応の幸福を説きます。

渡し守:ウルシャナビ
死の海を渡る船の船頭。ギルガメシュをウトナピシュティムの許へと導き、物語の最後には王と共にウルクへ帰還する、旅の証人でもあります。

神々

ニンスン:ギルガメシュの母である女神。息子の旅の安全を、太陽神シャマシュに祈ります。

アヌ:神々の父である天の神。イシュタルの訴えを聞き入れ、天の牛をウルクに遣わします。

エンリル:神々のうち最も力を持つとされる大気の神。人間に厳しく、大洪水を起こした張本人です。

エア:水と知恵を司る神。人類に好意的で、しばしば他の神々の計画から人間を救います[注7]。

シャマシュ:正義と神託を司る太陽神。ギルガメシュの旅を守護し、助けます。

イシュタル:愛、美、戦い、豊穣を司る女神。ギルガメシュに求婚を拒絶され、激怒します[注5]。

超自然の存在

番人:フンババ
大気の神エンリルによって聖なる杉の森の番人に任じられた、恐ろしい怪物。

神獣:天の牛
女神イシュタルが、ギルガメシュへの復讐のために天から遣わした聖なる牛。

門番:サソリ人間
世界の果て、マシュ山の門を護る一対の門番。ギルガメシュに試練の道を示します。

象徴:蛇
脱皮を繰り返す「再生と永遠」の象徴。物語の結末で、重要な役割を果たします。

1.2. 著者、語り手、そして物語の成立

『ギルガメシュ叙事詩』には、ホメロスのような単一の作者は存在しません。この物語の成立は、二つの大きな流れが合流した、長大なプロセスとして理解するのが最も適切でしょう。

第一の流れは、口承の伝統です。文字を持たない、あるいは識字が限られた社会において、口伝は単なる物語の伝達手段ではありませんでした。それは、共同体の宇宙観、歴史、そして法や叡智そのものを内包し、世代から世代へと受け渡す、神聖な責務でした。物語の語り部は、単なるエンターテイナーではなく、共同体の記憶をその一身に宿す「生ける書物」であり、その記憶の正確性を保つために、厳しい訓練と献身が求められました。物語の原型となる英雄譚や神話は、このような形で、シュメールの時代から永く語り継がれてきたのです。

第二の流れは、書記による創作です。古代メソポタミアにおいて、粘土板に文字を刻むという行為は、神殿に仕える神官や書記といった、高度な教育を受けた専門職階級のみに許された神聖な作業でした。彼らは、単に口伝を書き写しただけではありません。複数の伝承を取捨選択し、神学的な思索を加え、物語に一貫したテーマと哲学的な深みを与えるという、極めて高度な編集・創作活動を行いました。そこには、神からの「啓示」に近いインスピレーションが働いていた可能性も、決して否定できません。

物語の原型となるシュメール語の物語群は紀元前2100年頃には成立していたと考えられ、私たちが現在知るアッカド語の「標準バビロニア版」は、前二千年紀末(概ね前1300–前1000年)に整えられたと考えられています。奥付には編纂者と伝えられるシン・レーキ・ウニンニの名が見えます。

このように、人の記憶と声を通して受け継がれてきた生きた伝統と、書記たちの叡智による洗練とが融合することで、『ギルガメシュ叙事詩』は、その不滅の形を得たのです。

1.3. シュメール法典との思想的関係性

『ギルガメシュ叙事詩』の思想的背景を探る上で、後の「ハンムラビ法典」(紀元前18世紀頃)よりもさらに古い、**「ウル・ナンム法典」(紀元前2100年頃)**との関係性は非常に重要です。両者に直接的な文章の引用関係はありませんが、「王はいかにあるべきか」という、共通の思想的土台の上に立っています。

叙事詩が描くのは、一人の王の内面的な旅です。暴君であったギルガメシュが、友の死という苦悩を経て、民を守り、後世に残る偉業(城壁)を成すことこそが王の務めであると悟る、その精神的な成長の物語です。

一方、ウル・ナンム法典が示すのは、王の務めの外面的な表明です。この現存する世界最古の法典は、単なる野蛮な報復律ではありません。その序文には、ウル・ナンム王が神々から召命され、「国土に正義を打ち立て、孤児が富者の餌食とならず、寡婦が権力者の餌食とならず…」にするために法を制定した、という崇高な理念が刻まれています。

その条文は、後の「目には目を」という同害復讐法とは異なり、損害賠償を中心とした、驚くほど合理的で穏健なものでした。

【ウル・ナンム法典 条項サンプル】

もし人が他人の手足を(棍棒で)打ち砕いたなら、銀10ギン[注10]を支払わねばならない。
もし人が他人の鼻を(銅のナイフで)切り落としたなら、銀40ギンを支払わねばならない。もし人が他人の歯を折ったなら、銀2ギンを支払わねばならない。もし人の奴隷女が、自らを女主人になぞらえて不遜な口をきいたなら、その口を塩1シラで洗われねばならない。(※条文の訳や金額・計量は、粘土板の欠損や版差により研究者間で異説があり、ここに挙げた数値は代表的な復元の一例です)

このように、傷害罪に対しては金銭による賠償を原則とし、身分秩序を維持するための規定も設けられているなど、高度な社会システムが既に存在していたことがわかります。

叙事詩と法典は、一方は物語として、もう一方は法規として、**「王の役割とは、個人的な権威の誇示ではなく、社会に秩序と公正をもたらす神聖な責務である」**という、同じ思想的基盤をそれぞれの形で表現しているのです。

1.4. あらすじ

物語は、若き王ギルガメシュの統治から始まります。その対抗者として創られた野人エンキドゥは、やがてギルガメシュと出会い、激闘の末に無二の親友となります。二人の姿は野人と王として対照的ですが、エンキドゥはギルガメシュと対等な者として創られたため、物語は二人が魂における双子、あるいは合わせ鏡のような存在であったことを示唆しています。二人は力を合わせ、杉の森の番人フンババや天の牛を倒し、英雄としての栄光を極めます。

しかし、その行いが神々の怒りを買い、エンキドゥは命を落とします。親友の死に直面したギルガメシュは、初めて死の怖れに苛まれ、永遠の命を求めて世界の果てを目指す孤独な旅に出ます。

苦難の末、大洪水を生き延びた賢人ウトナピシュティムにまみえるも、肉体の不死は得られないことを悟ります。このウトナピシュティムが語る大洪水のエピソードは、旧約聖書の『ノアの方舟』の物語と驚くほど類似していることで知られています。神の警告、方舟の建造、家族と動物の救済、山への漂着、鳥を放って乾いた地を探す点などは共通していますが、洪水の原因(神々の気ままぐれや騒々しさへの怒り)や、主人公が神から不死を与えられる点などに相違点が見られます。

最後にギルガメシュは若返りの草を手に入れますが、それも蛇に食われ、失意のうちに故郷ウルクへと帰還します。そして、自らが築いた城壁を眺め、人間は死すべき運命だが、その偉業は永く残ることを静かに受け入れ、真の王となるのです。

2. 『ギルガメシュ叙事詩』の思想的深層――石から水へ、そして魂の変容

【筆者より:本章の解釈について――創作的探求への招待】

本章でこれから展開する解釈は、「人類史上の物語には、文化や時代を超えた共通の象徴学が存在するのではないか」という、筆者自身の探求的な仮説に基づいています。

これは、その仮説を検証するための一環として、20世紀の神秘思想家モーリス・ニコルがキリスト教聖書の解釈に用いた象徴体系を、人類最古の物語である本作に応用するという、実験的な試みです。

つきましては、本稿の分析には直接的な学術的根拠はなく、あくまで一つの創作活動、あるいは文学的フィクションとしてお読みいただくことを意図しています。読者の皆様には、ぜひこの知的な冒険の目撃者として、お付き合いいただければ幸いです。

本叙事詩が描く物語は、ニコルの聖書解釈で示された「石→水→酒」という、人間の意識変容の階梯と深く響き合うように、比喩的に読むことができます。

第一階梯:石の段階
若きギルガメシュの意識は、外的で、文字通りで、柔軟性がありません。この段階を象徴的に示すのは、彼が築いたウルクの壮大な城壁であり、そして何よりも、この物語そのものが私たちに石碑(粘土板)として伝えられているという事実です。それは、モーセの十戒が石の板に刻まれて授けられたように、真理がまず初めに、不変で、外的で、文字通りの「法」として確立される必要があったことを示唆しているのかもしれません。
物語の中で、彼の振る舞う絶対的な権力は、民にとって覆すことのできない掟となり、その真理は他者を受容しません。エンキドゥとの友情さえも、後世に残る不滅の功績を求めるものでした。

第二階梯:水の段階
友の死に直面し、彼は初めて自らの有限性を知り、内面への旅を強いられます。彼の旅は、流される涙に始まり、死の海を渡る試練へと続きます。象徴的な読解としては、「水」は「生ける水」というように明示的に高次の意味を示唆する以外では、**「葛藤・軋轢・変容のための苦しみ」**という試練の段階を意味します。ギルガメシュの旅は、まさしくこの「葛藤としての水」に身を浸すプロセスでした。

第三階梯:提示された「酒」、そしてその拒絶
旅の果て、世界の縁で、彼は酒場の女主人シドゥリに出会います。彼女が提示する言葉は、ある種の預言として、また物語における最初の**「酒」の象徴として読み解くことができるかもしれません。酒を司る者である彼女が勧める「日々、祝いの宴を開け」という言葉は、人間的な喜び、すなわち家族との食卓、祝祭、そしてそこに含まれる酒**がもたらす陶酔と慰めを凝縮したものです。それは、死すべき人間が享受しうる、地上的で具体的な幸福の象徴なのです。
しかしギルガメシュは、その時点では、この言葉を受け入れることができませんでした。なぜなら、彼の探求は、いまだ絶対的なもの、永遠なるものを求める、より根源的な段階の発想から抜け出せていなかったからです。彼は、手で触れられる、有限の「酒」ではなく、概念としての、無限の「生ける水」を求め続けたのです。

真の「水の段階」と、その結末
彼は、自らの意志で、足に石をくくりつけ、深き水に潜ります。これは、固い自我を捨て、生ける真理に完全に身を委ねる通過儀礼でした。彼がそこで手に入れる「若返りの草」は、この旅で到達しうる、最高の宝でした。
しかし物語は、この宝さえも失われるという結末を迎えます。

3. 翻訳ポリシーについて

本翻訳は、『ギルガメシュ叙事詩』の逐語訳ではなく、その精神を日本の古典文学が持つ格調高い文語の響きの中に「再創作」した芸術的試みです。原典が持つ荒々しさと叙情性、そして英雄の魂の遍歴を、独自の様式で表現することを目的とします。

翻訳にあっては、簡潔さと律動感を重んじ、「~き」「~ぬ」「~べし」「~なり」といった、歴史的に正しい文語の文法と語彙のみを用いました。

4. 『ギルガメシュ叙事詩』 文語調翻訳(全十二石板)

【第一の石板】

深淵を見たる人、ギルガメシュを語るべし。国の礎を築きし王なり。
彼は万物を知り、万象を見たり。隠されしものを見、秘されしものを開けり。大洪水より前の日の報せをもたらし、長き旅路より帰りて、疲れ、安らぎぬ。石碑に、一切の辛苦を刻みたり。
ウルクの城壁を築きしは彼なり。聖なるエアンナ神域(神殿・宝庫)を観よ。その外壁は銅の如く輝き、内壁は比ぶるもの無し。
ギルガメシュ、生まれしより誉れ高し。三分の二は神、三分の一は人なり。
されどその力、荒牛の如く、ウルクの巷を闊歩せり。若者を戦に駆り立て、娘をその父より奪ふ。民の嘆き、天に届きぬ。
神々、天の主アヌに訴ふ。「ギルガメシュに比肩する者なし。彼は己が欲望のままなり」と。
アヌ、創造の女神アルルに命ず。「彼の写し身を創るべし。嵐の心を持つ者を。二つの嵐、互いに戦ひ、ウルクに静寂をもたらせ」と。
アルル、神々の言を聞き、粘土を水にて練り、エンキドゥを創りき。荒野の勇士なり。その身は剛毛に覆はれ、髪は女の如く長し。獣と共に草を食み、獣と共に水場に集ふ。彼は未だ人を知らざりき。

【第二の石板】

狩人、エンキドゥの姿を見、怖れおののきぬ。罠は壊され、獣は逃げ去る。
狩人、父に告ぐ。「かの野人、我が力を超えたり」と。父、答ふ。「ウルクへ行き、ギルガメシュに告げよ。神殿の女性シャムハトを遣はし、彼を誘惑せしめよ」と。
ギルガメシュ、狩人に言ふ。「シャムハトを連れ行け。彼女が彼を誘ふ時、獣の群れは彼を厭はん」と。
シャムハト、エンキドゥを見つけ、その衣を脱ぎぬ。エンキドゥ、彼女の上にありて六日七晩。飽き足りて後、獣の群れを顧みるに、獣、彼を見て逃げ去りぬ。
エンキドゥ、弱り、膝尽きぬ。されど彼の心に知恵生まれ、人となりき。
シャムハト、彼に言ふ。「汝、神の如く賢し。何故、獣と野を駆けるや。来たれ、我、汝をウルクへ導かん。ギルガメシュの許へ。彼は荒牛の如き力持つ」と。
エンキドゥ、その言を聞き、友を欲し、ギルガメシュに会ふことを決しぬ。
ウルクにて、ギルガメシュ、夢を見き。星が天より落ち、斧が巷にあり。彼はそれを愛し、母ニンスンに夢解きを乞ふ。
母、答ふ。「星と斧は、汝の強き友なり。汝を救ふ者、やがて来たらん」と。
エンキドゥ、ウルクに入り、その力、巷に知れ渡る。
ギルガメシュ、婚礼の家に入らんとす。エンキドゥ、その戸口に立ちて道を塞ぎぬ。
二つの力、戸口にて激しく組み合ふ。壁は揺れ、戸柱は砕けぬ。ギルガメシュ、膝を折り、その怒り静まりぬ。
彼はエンキドゥに向かひて言ふ。「汝こそ、我が母の言ひし友なり」と。二人は互ひに抱き合い、友情ここに成りぬ。

【第三の石板】

ギルガメシュ、エンキドゥに語る。「我が力、ウルクにて萎えたり。我、杉の森へ行き、我が名を不滅にせんとす。悪しき者フンババを討ち、この地の悪を断たん」と。
エンキドゥ、涙して答ふ。「フンババの声は洪水、その口は火、その息は死なり。如何にして彼に挑むや」と。
ギルガメシュ、言ふ。「友よ、人は死すべきもの。されど我が名は永遠に残るべし。我が行くは、我が名のため、汝が子孫のためなり」と。
ウルクの長老たち、嘆きて言ふ。「王よ、汝、若し。己が力を恃むこと勿れ。フンババは侮る可からず」と。
ギルガメシュ、その言を聞き入れず。
母ニンスン、屋上に登り、太陽神シャマシュに祈る。「何故、我が子に〈安まらぬ心〉を与へ給ひしや。今、彼は遠き道を行く。フンババと会ふ日まで、彼を守り給へ」と。
彼女、エンキドゥを呼びて言ふ。「汝、我が子ならずも、今日より我が養ひ子なり。我が子を守れ」と。
二人の英雄、武器を手に、ウルクの門より旅立ちぬ。

【第四の石板】

二人の旅路、二十ベール進みて糧を食らひ、三十ベール進みて宿営せり。
ギルガメシュ、山に登り、夢を乞ふ。山は彼に夢を与へたり。
山崩れ、彼を捕らふ。されど、美しき者現れ、彼を瓦礫の下より引き出し、水を与ふ。ギルガメシュ、安らぎぬ。
エンキドゥ、その夢を解く。「友よ、その夢は吉兆なり。我らがフンババを捕らふるを示せり」と。
再び、ギルガメシュ夢を見き。彼は荒牛と戦ひ、地に倒さる。されど、者ありて彼に水を与ふ。
エンキドゥ、言ふ。「友よ、その者はシャマシュ神なり。我らを助けん」と。
旅は続き、彼ら、杉の森の入り口に達しぬ。

【第五の石板】

彼ら、緑の山辺に立ち、杉の森を眺む。その道は真っ直ぐにして、見事なり。
フンババ、森の守護者、その声は雷の如し。
ギルガメシュ、怖れに震ふ。エンキドゥ、彼を励ます。「友よ、共に進めば怖るるに足らず」と。
シャマシュ、天より風を送る。大風、北風、嵐、氷の風。(諸本に異同あるが)八つの風、フンババの顔を打ち、彼は進むことも退くことも能はず。
フンババ、降伏し、命乞ひをす。「ギルガメシュよ、我を許せ。我、汝の僕とならん。この森の木を汝に与へん」と。
エンキドゥ、ギルガメシュに言ふ。「彼の言を信ずる勿れ。慈悲を掛ける勿れ」と。
ギルガメシュ、斧を振り上げ、エンキドゥ、剣を抜き、フンババの首を刎ねたり。
森は静寂に包まれ、彼ら、最も高き杉を切り倒し、ユーフラテス河に流しぬ。

【第六の石板】

ギルガメシュ、その身を洗い、王衣を纏ふ。その美しさに、女神イシュタル、心を奪はる。
彼女、ギルガメシュに言ふ。「来たれ、我が夫となれ。我、汝に瑠璃と金の戦車を与へん」と。
ギルガメシュ、答へて言ふ。「汝の愛は、風の如く移ろひ易し。汝が愛せし羊飼ひは狼と成り、庭師は蜘蛛と成りぬ。我、汝の夫となること能はず」と。
イシュタル、その言に激怒し、天の父アヌに訴ふ。「ギルガメシュ、我を侮りたり。天の牛を創り、彼を滅ぼし給へ」と。
アヌ、言ふ。「天の牛は、ウルクに七年分の殻の年をもたらさん」と。イシュタル、言ふ。「我、民のために穀物を備へたり」と。
アヌ、天の牛を創りて、ウルクに放つ。その鼻息にて、地に大穴開き、多くの若者落ちて死にぬ[注9]。
エンキドゥ、牛の角を掴み、ギルガメシュ、その心臓に剣を突き立てたり。
彼ら、天の牛を殺し、その心臓をシャマシュに捧ぐ。
イシュタル、ウルクの城壁に立ちて呪ひを叫ぶ。エンキドゥ、牛の右腿を切り取り、彼女の顔に投げつけたり。「汝をも、斯くの如くしてくれん」と。

(物語の転換点)
【第七の石板】

エンキドゥ、夢を見き。神々、集ひて評定す。アヌ、エンリル、シャマシュ。
エンリル、言ふ。「フンババと天の牛を殺せし故、彼らのうち一人、死ぬべし」と。シャマシュ、ギルガメシュを弁護すれど、エンリル、エンキドゥが死ぬことを定めぬ。
エンキドゥ、病の床に臥し、己が運命を呪ふ。杉の森の扉を呪ひ、狩人を呪ひ、彼を人となせし女性シャムハトを呪ふ。
されどシャマシュ、天より彼に語りかく。「シャムハトは汝に美しき食を与へ、偉大なるギルガメシュを友とさせたり。彼は汝の死後、汝のために深く嘆かん」と。
エンキドゥ、その心安らぎ、シャムハトへの呪ひを解き、祝福を与ふ。
彼はギルガメシュに語る。「友よ、我、不名誉の内に死なず。戦場にて死する者は幸ひなり。我は病にて死す」と。
十二日の後、エンキドゥ、息絶えぬ。

【第八の石板】

夜明けと共に、ギルガメシュ、友に呼びかく。されどエンキドゥ、応へず。
彼は友の胸に触るるに、心臓、動かず。
彼は友の顔をヴェールにて覆ひ、獅子の如く咆え、友の周りを歩み、己が髪を掻きむしり、美しき衣を引き裂きぬ。
夜明け、再び来たる。ギルガメシュ、国中に布告す。「エンキドゥのために嘆け。我が友、野のロバ、山の豹。我が右腕、我が剣、我が盾。彼、死したり。我、彼を深く悼む」と。
彼は、金と瑠璃にて友の像を造り、国中の職人を集め、壮麗なる墓を築きぬ。

【第九の石板】

ギルガメシュ、友エンキドゥのために、荒野をさまよひて泣く。
「我もまた、死ぬるにあらずや。エンキドゥの如く、土くれと化すにあらずや。恐怖、我が腹の内にあり。我、死を怖れ、荒野を駆ける。我、ウトナピシュティムの許へ、我が道を急ぐ」と。
彼はマシュの山に至る。その山は、日の出と日の入りを護る。サソリ人間、その門を守れり。
サソリ人間、ギルガメシュを見て言ふ。「彼の身は神、されどその心は苦悩に満てり」と。
ギルガメシュ、己が旅の目的を語る。「我、我が友の死により、死を怖る。永遠の命の道を知らんとす」と。
サソリ人間、言ふ。「行け、ギルガメシュよ。されど、その道は暗黒なり。光なし」と。
彼は太陽の道を行く。十二ベールの暗闇を。彼は走り、走り、走りて、暗闇の果てに至りぬ。

【第十の石板】

暗闇を抜けて、彼は光の庭園に至る。そこは宝石の木々生い茂る地なり。
酒場の女主人シドゥリ、彼を見て、戸を閉ざす。彼の姿、荒々しく、悲しみに満ちればなり。
ギルガメシュ、戸を叩き、己が身の上を語る。「我はギルガメシュ。フンババを倒し、天の牛を殺せし者。我が友、エンキドゥ、死したり。我、死を怖る」と。
シドゥリ、彼に言ふ。「ギルガメシュよ、汝が求める命は見つからじ。神々、人を創りし時、死を人に割り当て、命は己が手に留めたり。汝、腹を満たし、昼夜を問はず楽しむべし。日々、祝いの宴を開け。これこそ、人の務めなり」と。
ギルガメシュ、聞かず。「ウトナピシュティムへの道を教へよ」と。
シドゥリ、答ふ。「死の海あり。渡し守ウルシャナビのみ、渡ることを能ふ」と。
ギルガメシュ、ウルシャナビを見つけ、怒りのままに、航行具と解される「石なるもの」を打ち砕く。
ウルシャナビ、言ふ。「汝、自ら渡る術を破壊せり」と。
されど、ギルガメシュ、百二十本の竿を作り、死の海を渡りて、つひにウトナピシュティムの許へ至りぬ。

【第十一の石板】

ウトナピシュティム、ギルガメシュを見て言ふ。「何故、汝の顔はやつれ、心は悲しきや」と。
ギルガメシュ、友の死と、己が旅を語る。
ウトナピシュティム、答ふ。「ギルガメシュよ、永久なるものなし。人は死すべき定めなり」と。
ギルガメシュ、問ふ。「汝は我と同じ人の身なれど、如何にして神々の集ひに加はり、永遠の命を得しや」と。
ウトナピシュティム、語り始めぬ。「ギルガメシュよ、隠されし事を汝に明かさん。神々の秘密を語らん。
かつて、神々、シュルッパクの地に洪水を起こさんと定めき。されど、エア神、葦屋に向かひてその秘密を漏らす。『葦屋よ、聞け。壁よ、悟れ。家を壊ち、方舟を造れ。財を厭ひ、命を生かせ』と。
我、その言に従ひ、方舟を造り、我が家族と、生きとし生けるものの種を乗せたり。
嵐来たりて、六日七晩、地を覆ひぬ。七日目にして、我、窓を開けば、万物、粘土に帰したり。
我、ニムシュ(=ニシル)山に上陸し、鳩を放つに、止まる地なく帰り来ぬ。燕を放つに、これも帰り来ぬ。烏を放つに、彼は食らひ飛びて帰り来ざりき。
我、神々に供物を捧ぐ。エンリル神、我を見て怒るも、エア神、彼を諌む。
エンリル、我と我が妻の手を取り、我らを祝福し、永遠の命を与へたり」と。
ウトナピシュティム、ギルガメシュに言ふ。「さて、汝のために、誰が神々を集めんや。先づ、六日七晩、眠らずに過ごしてみよ」と。
ギルガメシュ、座るや否や、眠りの霧に包まる。
ウトナピシュティム、妻に言ふ。「見よ、強き者も眠りには勝てず。日々のパンを焼き、彼が眠りし日数を記せ」と。
七日目、ギルガメシュ目覚む。七つのパンを見て、己が敗北を知る。
彼は嘆く。「我、何処へ行くべきか。死神、我が手足を掴めり」と。
ウトナピシュティム、彼を憐れみ、帰り際に秘密を明かす。「海の底に、茨の如き草あり。その草、汝を若返らせん」と。
ギルガメシュ、足に石を結び、深海に潜りてその草を得たり。
彼はウルシャナビに言ふ。「我、これをウルクに持ち帰り、老人に与へて、自らも食らはん」と。
旅の途中、冷たき水の泉あり。ギルガメシュ、水浴びをす。
蛇、草の香りを嗅ぎつけ、静かに現れ、草を食らひたり。蛇、草を食らひ終ふるや、その古き皮を脱ぎ捨てぬ。
ギルガメシュ、その場に座り込みて泣く。「我が辛苦は、誰がためなりしや。蛇のためなりしか」と。
彼はウルクに帰り、城壁の上に立ち、ウルシャナビに言ふ。「見よ、この城壁を。その礎を。これぞ、人が遺すべきものなり」と。

【第十二の石板】

(この石板は、後代の付加と見る見解が有力です)
ギルガメシュ、エンキドゥに言ふ。「もし我、汝のために冥界の掟を破らば、汝、我に冥界の法を語るべしや」と。
彼は、冥界に落とせし己がプックとミックを取り戻さんとす。
エンキドゥの霊、冥界の穴より現る。されどその身は影の如し。
ギルガメシュ、問ふ。「友よ、冥界の法を我に語れ」と。
エンキドゥ、答ふ。「語る能はず。もし語らば、汝、座り込みて泣かん」と。
ギルガメシュ、言ふ。「我、座り込みて泣かん。されど語れ」と。
エンキドゥ、語る。「我が身は、虫に食はるる古き衣の如し。土くれに満ちたり」と。
彼は、冥界の陰鬱なる様、戦死せし者の幸ひ、子孫なく死せし者の悲惨を語りぬ。
ギルガメシュ、その言を聞き、地に額つき、その日、深く嘆き続けたり。

5. 【探求者への問い】

もし、この物語の結末が、私たちが考える「喪失の敗北」ではなかったとしたら。
もし、物語の表面的な結末の裏に、隠されたさらなる階梯が、象徴的に示されていたとしたら。

ここに、最後の問いが残されます。

ギルガメシュは、世界の果てで、賢女シドゥリから最初の**「酒」**を提示されました。
しかし、彼はそれを拒絶しました。

彼は、自らの力で深き水の底に潜り、最高の宝を手に入れました。
そして彼は、泉で水浴びをします。
その間に、蛇が草を食らいます。

象徴学において、「生ける水」という特別な意味で語られる場合を除き、「水」は**「葛藤」**の段階を意味することがあります。
もし、この最後の水浴びが、**彼の「死すべき身体」がいまだ続けていた、最後の「葛藤」**の描写であったとしたら。

そして、もし、あの蛇が、外から来た単なる盗人ではなく、彼の**「死すべき身体」から離れた、もう一つの本質**の象徴であったとしたら。

その時、この場面で本当に起こったこととは、何だったのでしょうか。
それは、「喪失」だったのか。それとも、「分離」と「成就」だったのか。

本当に、ギルガメシュは、敗北したのでしょうか。

この物語は、その表面において、誰もがすぐに消化できる『柔らかい食べ物』のように、一つの敗北の結末を私たちに語ります。しかし、その奥義は、安易な言葉では明かされません。
それは、ギルガメシュが最後にたどり着いた、あのウルクの城壁のように、硬い**「石」**として、私たちの前にただ静かに横たわっています。

探求者よ。
あなたはその石を前にして、ただ涙を流すのか。
あるいは、自らの問いをもってそれを噛み砕き、かつて王が一度は拒絶した、あの**「酒」**の真の意味に触れるのか。

『ギルガメシュ叙事詩』は、私たちに安楽な結末を語ってはくれません。
それは、私たちが真の探求者であるか否かを、ただ静かに問いかけているのかもしれません。

6. 【注】

[注1]エアンナ:ウルク市にあった、天の神アヌと女神イシュタルのための神殿区域。
[注2]ベール:古代メソポタミアの単位。本来は「二重時(約2時間)」の時間単位であり、距離換算は諸説あるが、概ね10〜12km程度と推定される。
[注3]イシュタル:愛、美、戦い、豊穣を司る、メソポタミアで最も重要視された女神の一人。
[注4]シャムハトの肩書:原語(harimtu)の訳語は研究者間で議論があり、「巫女」のほか「遊女」「神殿娼婦」などとも訳される。
[注5]イナンナの冥界下り:イシュタルは、シュメール神話の女神イナンナと同一視されます。『イナンナの冥界下り』は、冥界支配をめぐる降下として語られ、帰還の過程で夫ドゥムジが身代わりとして冥界に送られます。これは、死の力の前での人間(あるいは神)の有限性という本叙事詩の主題とも響き合う、重要な物語です。
[注6]ウトナピシュティム:「生命を見いだした者」の意。物語内では「遠方の者」とも称されます。旧約聖書の「ノア」の先行伝承と見なされる人物。
[注7]エア:水と知恵を司る神。シュメール神話のエンキ神と同一視される。人類に好意的で、しばしば他の神々の計画から人間を救います。
[注8]プックとミック:原語はpukkuとmikku。具体的なものが何かは不明ですが、太鼓と撥、あるいは輪と棒など、王権を象徴する道具であったと考えられています。
[注9]天の牛の犠牲者:本文の人数や、アヌが警告する飢饉の年数(「七年」など)は、標準版の異本によって異同があります。
[注10]ギン=シェケル(同一の銀重量単位)。本稿は「ギン」表記で統一。参考:研究の慣用値では 1ギン ≈ 約8.3g とされるが諸説あり。本文では換算を用いない。

7. 付録

7.1. 付録1:文語訳(ふりがな付)

【第一の石板】
深淵(しんえん)を見(み)たる人(ひと)、ギルガメシュを語(かた)るべし。国(くに)の礎(いしずえ)を築(きづ)きし王(おう)なり。
彼(かれ)は万物(ばんぶつ)を知(し)り、万象(ばんしょう)を見(み)たり。隠(かく)されしものを見(み)、秘(ひ)されしものを開(ひら)けり。大洪水(だいこうずい)より前(まえ)の日(ひ)の報(しら)せをもたらし、長(なが)き旅路(たびじ)より帰(かえ)りて、疲(つか)れ、安(やす)らぎぬ。石碑(せきひ)に、一切(いっさい)の辛苦(しんく)を刻(きざ)みたり。
ウルクの城壁(じょうへき)を築(きづ)きしは彼(かれ)なり。聖(せい)なるエアンナ神域(しんいき)(神殿(しんでん)・宝庫(ほうこ))を観(み)よ。その外壁(がいへき)は銅(あかがね)の如(ごと)く輝(かがや)き、内壁(ないへき)は比(くら)ぶるもの無(な)し。
ギルガメシュ、生(う)まれしより誉(ほま)れ高(たか)し。三分の二(さんぶんのに)は神(かみ)、三分の一(さんぶんのいち)は人(ひと)なり。
されどその力(ちから)、荒牛(あらぎゅう)の如(ごと)く、ウルクの巷(ちまた)を闊歩(かっぽ)せり。若者(わかもの)を戦(いくさ)に駆(か)り立(た)て、娘(むすめ)をその父(ちち)より奪(うば)ふ。民(たみ)の嘆(なげ)き、天(てん)に届(とど)きぬ。
神々(かみがみ)、天(てん)の主(しゅ)アヌに訴(うった)ふ。「ギルガメシュに比肩(ひけん)する者(もの)なし。彼(かれ)は己(おの)が欲望(よくぼう)のままなり」と。
アヌ、創造(そうぞう)の女神(めがみ)アルルに命(めい)ず。「彼(かれ)の写(うつ)し身(み)を創(つく)るべし。嵐(あらし)の心(こころ)を持(も)つ者(もの)を。二(ふた)つの嵐(あらし)、互(たが)いに戦(たたか)ひ、ウルクに静寂(せいじゃく)をもたらせ」と。
アルル、神々(かみがみ)の言(ことば)を聞(き)き、粘土(ねんど)を水(みず)にて練(ね)り、エンキドゥを創(つく)りき。荒野(こうや)の勇士(ゆうし)なり。その身(み)は剛毛(ごうもう)に覆(おお)はれ、髪(かみ)は女(おんな)の如(ごと)く長(なが)し。獣(けもの)と共(とも)に草(くさ)を食(は)み、獣(けもの)と共(とも)に水場(みずば)に集(つど)ふ。彼(かれ)は未(いま)だ人(ひと)を知(し)らざりき。

【第二の石板】
狩人(かりうど)、エンキドゥの姿(すがた)を見(み)、怖(おそ)れおののきぬ。罠(わな)は壊(こわ)され、獣(けもの)は逃(に)げ去(さ)る。
狩人(かりうど)、父(ちち)に告(つ)ぐ。「かの野人(やじん)、我(わ)が力(ちから)を超(こ)えたり」と。父(ちち)、答(こた)ふ。「ウルクへ行(ゆ)き、ギルガメシュに告(つ)げよ。神殿(しんでん)の女性(じょせい)シャムハトを遣(つか)はし、彼(かれ)を誘惑(ゆうわく)せしめよ」と。
ギルガメシュ、狩人(かりうど)に言(い)ふ。「シャムハトを連(つ)れ行(ゆ)け。彼女(かのじょ)が彼(かれ)を誘(さそ)ふ時(とき)、獣(けもの)の群(む)れは彼(かれ)を厭(いと)はん」と。
シャムハト、エンキドゥを見(み)つけ、その衣(ころも)を脱(ぬ)ぎぬ。エンキドゥ、彼女(かのじょ)の上(うえ)にありて六日七晩(むいかななばん)。飽(あ)き足(た)りて後(のち)、獣(けもの)の群(む)れを顧(かえり)みるに、獣(けもの)、彼(かれ)を見(み)て逃(に)げ去(さ)りぬ。
エンキドゥ、弱(よわ)り、膝(ひざ)尽(つ)きぬ。されど彼(かれ)の心(こころ)に知恵(ちえ)生(う)まれ、人(ひと)となりき。
シャムハト、彼(かれ)に言(い)ふ。「汝(なんじ)、神(かみ)の如(ごと)く賢(かしこ)し。何故(なにゆえ)、獣(けもの)と野(の)を駆(か)けるや。来(きた)たれ、我(われ)、汝(なんじ)をウルクへ導(みちび)かん。ギルガメシュの許(もと)へ。彼(かれ)は荒牛(あらぎゅう)の如(ごと)き力(ちから)持(も)つ」と。
エンキドゥ、その言(げん)を聞(き)き、友(とも)を欲(ほっ)し、ギルガメシュに会(あ)ふことを決(けっ)しぬ。
ウルクにて、ギルガメシュ、夢(ゆめ)を見(み)き。星(ほし)が天(てん)より落(お)ち、斧(おの)が巷(ちまた)にあり。彼(かれ)はそれを愛(あい)し、母(はは)ニンスンに夢解(ゆめど)きを乞(こ)ふ。
母(はは)、答(こた)ふ。「星(ほし)と斧(おの)は、汝(なんじ)の強(つよ)き友(とも)なり。汝(なんじ)を救(すく)ふ者(もの)、やがて来(きた)たらん」と。
エンキドゥ、ウルクに入(い)り、その力(ちから)、巷(ちまた)に知(し)れ渡(わた)る。
ギルガメシュ、婚礼(こんれい)の家(いえ)に入(はい)らんとす。エンキドゥ、その戸口(とぐち)に立(た)ちて道(みち)を塞(ふさ)ぎぬ。
二(ふた)つの力(ちから)、戸口(とぐち)にて激(はげ)しく組(く)み合(あ)ふ。壁(かべ)は揺(ゆ)れ、戸柱(とばしら)は砕(くだ)けぬ。ギルガメシュ、膝(ひざ)を折(お)り、その怒(いか)り静(しず)まりぬ。
彼(かれ)はエンキドゥに向(む)かひて言(い)ふ。「汝(なんじ)こそ、我(わ)が母(はは)の言(い)ひし友(とも)なり」と。二人(ふたり)は互(たが)ひに抱(だ)き合(あ)い、友情(ゆうじょう)ここに成(な)りぬ。

【第三の石板】
ギルガメシュ、エンキドゥに語(かた)る。「我(わ)が力(ちから)、ウルクにて萎(な)えたり。我(われ)、杉(すぎ)の森(もり)へ行(ゆ)き、我(わ)が名(な)を不滅(ふめつ)にせんとす。悪(あ)しき者(もの)フンババを討(う)ち、この地(ち)の悪(あく)を断(た)たん」と。
エンキドゥ、涙(なみだ)して答(こた)ふ。「フンババの声(こえ)は洪水(こうずい)、その口(くち)は火(ひ)、その息(いき)は死(し)なり。如何(いか)にして彼(かれ)に挑(いど)むや」と。
ギルガメシュ、言(い)ふ。「友(とも)よ、人(ひと)は死(し)すべきもの。されど我(わ)が名(な)は永遠(えいえん)に残(のこ)るべし。我(わ)が行(ゆ)くは、我(わ)が名(な)のため、汝(なんじ)が子孫(しそん)のためなり」と。
ウルクの長老(ちょうろう)たち、嘆(なげ)きて言(い)ふ。「王(おう)よ、汝(なんじ)、若(わか)し。己(おの)が力(ちから)を恃(たの)むこと勿(なか)れ。フンババは侮(あなど)る可(べ)からず」と。
ギルガメシュ、その言(げん)を聞(き)き入(い)れず。
母(はは)ニンスン、屋上(おくじょう)に登(のぼ)り、太陽神(たいようしん)シャマシュに祈(いの)る。「何故(なにゆえ)、我(わ)が子(こ)に〈安(やす)まらぬ心(こころ)〉を与(あた)へ給(たま)ひしや。今(いま)、彼(かれ)は遠(とお)き道(みち)を行(ゆ)く。フンババと会(あ)ふ日(ひ)まで、彼(かれ)を守(まも)り給(たま)へ」と。
彼女(かのじょ)、エンキドゥを呼(よ)びて言(い)ふ。「汝(なんじ)、我(わ)が子(こ)ならずも、今日(きょう)より我(わ)が養(やしな)ひ子(ご)なり。我(わ)が子(こ)を守(まも)れ」と。
二人(ふたり)の英雄(えいゆう)、武器(ぶき)を手(て)に、ウルクの門(もん)より旅立(たびだ)ちぬ。

【第四の石板】
二人(ふたり)の旅路(たびじ)、二十(にじゅう)ベール進(すす)みて糧(かて)を食(く)らひ、三十(さんじゅう)ベール進(すす)みて宿営(しゅくえい)せり。
ギルガメシュ、山(やま)に登(のぼ)り、夢(ゆめ)を乞(こ)ふ。山(やま)は彼(かれ)に夢(ゆめ)を与(あた)へたり。
山崩(やまくず)れ、彼(かれ)を捕(とら)らふ。されど、美(うつく)しき者(もの)現(あらわ)れ、彼(かれ)を瓦礫(がれき)の下(した)より引(ひ)き出(だ)し、水(みず)を与(あた)ふ。ギルガメシュ、安(やす)らぎぬ。
エンキドゥ、その夢(ゆめ)を解(と)く。「友(とも)よ、その夢(ゆめ)は吉兆(きっちょう)なり。我(われ)らがフンババを捕(とら)らふるを示(しめ)せり」と。
再(ふたた)び、ギルガメシュ夢(ゆめ)を見(み)き。彼(かれ)は荒牛(あらぎゅう)と戦(たたか)ひ、地(ち)に倒(たお)さる。されど、者(もの)ありて彼(かれ)に水(みず)を与(あた)ふ。
エンキドゥ、言(い)ふ。「友(とも)よ、その者(もの)はシャマシュ神(しん)なり。我(われ)らを助(たす)けん」と。
旅(たび)は続(つづ)き、彼(かれ)ら、杉(すぎ)の森(もり)の入(い)り口(くち)に達(たっ)しぬ。

【第五の石板】
彼(かれ)ら、緑(みどり)の山辺(やまべ)に立(た)ち、杉(すぎ)の森(もり)を眺(なが)む。その道(みち)は真(ま)っ直(す)ぐにして、見事(みごと)なり。
フンババ、森(もり)の守護者(しゅごしゃ)、その声(こえ)は雷(いかずち)の如(ごと)し。
ギルガメシュ、怖(おそ)れに震(ふる)ふ。エンキドゥ、彼(かれ)を励(はげ)ます。「友(とも)よ、共(とも)に進(すす)めば怖(おそ)るるに足(た)らず」と。
シャマシュ、天(てん)より風(かぜ)を送(おく)る。大風(おおかぜ)、北風(きたかぜ)、嵐(あらし)、氷(こおり)の風(かぜ)。(諸本(しょほん)に異同(いどう)あるが)八(やっ)つの風(かぜ)、フンババの顔(かお)を打(う)ち、彼(かれ)は進(すす)むことも退(しりぞ)くことも能(あた)はず。
フンババ、降伏(こうふく)し、命乞(いのちご)ひをす。「ギルガメシュよ、我(われ)を許(ゆる)せ。我(われ)、汝(なんじ)の僕(しもべ)とならん。この森(もり)の木(き)を汝(なんじ)に与(あた)へん」と。
エンキドゥ、ギルガメシュに言(い)ふ。「彼(かれ)の言(げん)を信(しん)ずる勿(なか)れ。慈悲(じひ)を掛(か)ける勿(なか)れ」と。
ギルガメシュ、斧(おの)を振(ふ)り上(あ)げ、エンキドゥ、剣(つるぎ)を抜(ぬ)き、フンババの首(くび)を刎(は)ねたり。
森(もり)は静寂(せいじゃく)に包(つつ)まれ、彼(かれ)ら、最(もっと)も高(たか)き杉(すぎ)を切(き)り倒(たお)し、ユーフラテス河(がわ)に流(なが)しぬ。

【第六の石板】
ギルガメシュ、その身(み)を洗(あら)い、王衣(おうい)を纏(まと)ふ。その美(うつく)しさに、女神(めがみ)イシュタル、心(こころ)を奪(うば)はる。
彼女(かのじょ)、ギルガメシュに言(い)ふ。「来(きた)たれ、我(わ)が夫(おっと)となれ。我(われ)、汝(なんじ)に瑠璃(るり)と金(きん)の戦車(せんしゃ)を与(あた)へん」と。
ギルガメシュ、答(こた)へて言(い)ふ。「汝(なんじ)の愛(あい)は、風(かぜ)の如(ごと)く移(うつ)ろひ易(やす)し。汝(なんじ)が愛(あい)せし羊飼(ひつじか)ひは狼(おおかみ)と成(な)り、庭師(にわし)は蜘蛛(くも)と成(な)りぬ。我(われ)、汝(なんじ)の夫(おっと)となること能(あた)はず」と。
イシュタル、その言(げん)に激怒(げきど)し、天(てん)の父(ちち)アヌに訴(うった)ふ。「ギルガメシュ、我(われ)を侮(あなど)りたり。天(てん)の牛(うし)を創(つく)り、彼(かれ)を滅(ほろ)ぼし給(たま)へ」と。
アヌ、言(い)ふ。「天(てん)の牛(うし)は、ウルクに七年(しちねん)の殻(から)の年(とし)をもたらさん」と。イシュタル、言(い)ふ。「我(われ)、民(たみ)のために穀物(こくもつ)を備(そな)へたり」と。
アヌ、天(てん)の牛(うし)を創(つく)りて、ウルクに放(はな)つ。その鼻息(はないき)にて、地(ち)に大穴(おおあな)開(あ)き、多(おお)くの若者(わかもの)落(お)ちて死(し)にぬ。
エンキドゥ、牛(うし)の角(つの)を掴(つか)み、ギルガメシュ、その心臓(しんぞう)に剣(つるぎ)を突(つ)き立(た)てたり。
彼(かれ)ら、天(てん)の牛(うし)を殺(ころ)し、その心臓(しんぞう)をシャマシュに捧(ささ)ぐ。
イシュタル、ウルクの城壁(じょうへき)に立(た)ちて呪(のろ)ひを叫(さけ)ぶ。エンキドゥ、牛(うし)の右腿(みぎもも)を切(き)り取(と)り、彼女(かのじょ)の顔(かお)に投(な)げつけたり。「汝(なんじ)をも、斯(か)くの如(ごと)くしてくれん」と。

【第七の石板】
エンキドゥ、夢(ゆめ)を見(み)き。神々(かみがみ)、集(つど)ひて評定(ひょうじょう)す。アヌ、エンリル、シャマシュ。
エンリル、言(い)ふ。「フンババと天(てん)の牛(うし)を殺(あや)めせし故(ゆえ)、彼(かれ)らのうち一人(ひとり)、死(し)ぬべし」と。シャマシュ、ギルガメシュを弁護(べんご)すれど、エンリル、エンキドゥが死(し)ぬことを定(さだ)めぬ。
エンキドゥ、病(やまい)の床(とこ)に臥(ふ)し、己(おの)が運命(うんめい)を呪(のろ)ふ。杉(すぎ)の森(もり)の扉(とびら)を呪(のろ)ひ、狩人(かりうど)を呪(のろ)ひ、彼(かれ)を人(ひと)となせし女性(じょせい)シャムハトを呪(のろ)ふ。
されどシャマシュ、天(てん)より彼(かれ)に語(かた)りかく。「シャムハトは汝(なんじ)に美(うま)しき食(しょく)を与(あた)へ、偉大(いだい)なるギルガメシュを友(とも)とさせたり。彼(かれ)は汝(なんじ)の死後(しご)、汝(なんじ)のために深(ふか)く嘆(なげ)かん」と。
エンキドゥ、その心(こころ)安(やす)らぎ、シャムハトへの呪(のろ)ひを解(と)き、祝福(しゅくふく)を与(あた)ふ。
彼(かれ)はギルガメシュに語(かた)る。「友(とも)よ、我(われ)、不名誉(ふめいよ)の内(うち)に死(し)なず。戦場(せんじょう)にて死(し)する者(もの)は幸(さいわ)ひなり。我(われ)は病(やまい)にて死(し)す」と。
十二日(じゅうににち)の後(のち)、エンキドゥ、息絶(いきた)えぬ。

【第八の石板】
夜明(よあ)けと共(とも)に、ギルガメシュ、友(とも)に呼(よ)びかく。されどエンキドゥ、応(こた)へず。
彼(かれ)は友(とも)の胸(むね)に触(ふ)るるに、心臓(しんぞう)、動(うご)かず。
彼(かれ)は友(とも)の顔(かお)をヴェールにて覆(おお)ひ、獅子(しし)の如(ごと)く咆(ほ)え、友(とも)の周(まわ)りを歩(あゆ)み、己(おの)が髪(かみ)を掻(か)きむしり、美(うつく)しき衣(ころも)を引(ひ)き裂(さ)きぬ。
夜明(よあ)け、再(ふたた)び来(きた)たる。ギルガメシュ、国中(くにじゅう)に布告(ふこく)す。「エンキドゥのために嘆(なげ)け。我(わ)が友(とも)、野(の)のロバ、山(やま)の豹(ひょう)。我(わ)が右腕(みぎうで)、我(わ)が剣(つるぎ)、我(わ)が盾(たて)。彼(かれ)、死(し)したり。我(われ)、彼(かれ)を深(ふか)く悼(いた)む」と。
彼(かれ)は、金(きん)と瑠璃(るり)にて友(とも)の像(ぞう)を造(つく)り、国中(くにじゅう)の職人(しょくにん)を集(あつ)め、壮麗(そうれい)なる墓(はか)を築(きづ)きぬ。

【第九の石板】
ギルガメシュ、友(とも)エンキドゥのために、荒野(こうや)をさまよひて泣(な)く。
「我(われ)もまた、死(し)ぬるにあらずや。エンキドゥの如(ごと)く、土くれと化(か)すにあらずや。恐怖(きょうふ)、我(わ)が腹(はら)の内(うち)にあり。我(われ)、死(し)を怖(おそ)れ、荒野(こうや)を駆(か)ける。我(われ)、ウトナピシュティムの許(もと)へ、我(わ)が道(みち)を急(いそ)ぐ」と。
彼(かれ)はマシュの山(やま)に至(いた)る。その山(やま)は、日(ひ)の出(で)と日(ひ)の入(い)りを護(まも)る。サソリ人間(にんげん)、その門(もん)を守(まも)れり。
サソリ人間(にんげん)、ギルガメシュを見(み)て言(い)ふ。「彼(かれ)の身(み)は神(かみ)、されどその心(こころ)は苦悩(くのう)に満(み)てり」と。
ギルガメシュ、己(おの)が旅(たび)の目的(もくてき)を語(かた)る。「我(われ)、我(わ)が友(とも)の死(し)により、死(し)を怖(おそ)る。永遠(えいえん)の命(いのち)の道(みち)を知(し)らんとす」と。
サソリ人間(にんげん)、言(い)ふ。「行(ゆ)け、ギルガメシュよ。されど、その道(みち)は暗黒(あんこく)なり。光(ひかり)なし」と。
彼(かれ)は太陽(たいよう)の道(みち)を行(ゆ)く。十二(じゅうに)ベールの暗闇(くらやみ)を。彼(かれ)は走(はし)り、走(はし)り、走(はし)りて、暗闇(くらやみ)の果(は)てに至(いた)りぬ。

【第十の石板】
暗闇(くらやみ)を抜(ぬ)けて、彼(かれ)は光(ひかり)の庭園(ていえん)に至(いた)る。そこは宝石(ほうせき)の木々(きぎ)生(お)い茂(しげ)る地(ち)なり。
酒場(さかば)の女主人(おんなしゅじん)シドゥリ、彼(かれ)を見(み)て、戸(と)を閉(と)ざす。彼(かれ)の姿(すがた)、荒々(あらあら)しく、悲(かな)しみに満(み)ちればなり。
ギルガメシュ、戸(と)を叩(たた)き、己(おの)が身(み)の上(うえ)を語(かた)る。「我(われ)はギルガメシュ。フンババを倒(たお)し、天(てん)の牛(うし)を殺(あや)めせし者(もの)。我(わ)が友(とも)、エンキドゥ、死(し)したり。我(われ)、死(し)を怖(おそ)る」と。
シドゥリ、彼(かれ)に言(い)ふ。「ギルガメシュよ、汝(なんじ)が求(もと)める命(いのち)は見(み)つからじ。神々(かみがみ)、人(ひと)を創(つく)りし時(とき)、死(し)を人(ひと)に割(わ)り当(あ)て、命(いのち)は己(おの)が手(て)に留(とど)めたり。汝(なんじ)、腹(はら)を満(み)たし、昼夜(ちゅうや)を問(と)はず楽(たの)しむべし。日々(ひび)、祝(いわ)いの宴(うたげ)を開(ひら)け。これこそ、人(ひと)の務(つと)めなり」と。
ギルガメシュ、聞(き)かず。「ウトナピシュティムへの道(みち)を教(おし)へよ」と。
シドゥリ、答(こた)ふ。「死(し)の海(うみ)あり。渡(わた)し守(もり)ウルシャナビのみ、渡(わた)ることを能(あた)ふ」と。
ギルガメシュ、ウルシャナビを見(み)つけ、怒(いか)りのままに、航行具(こうこうぐ)と解(かい)される「石(いし)なるもの」を打(う)ち砕(くだ)く。
ウルシャナビ、言(い)ふ。「汝(なんじ)、自(みずか)ら渡(わた)る術(すべ)を破壊(はかい)せり」と。
されど、ギルガメシュ、百二十本(ひゃくにじっぽん)の竿(さお)を作(つく)り、死(し)の海(うみ)を渡(わた)りて、つひにウトナピシュティムの許(もと)へ至(いた)りぬ。

【第十一の石板】
ウトナピシュティム、ギルガメシュを見(み)て言(い)ふ。「何故(なにゆえ)、汝(なんじ)の顔(かお)はやつれ、心(こころ)は悲(かな)しきや」と。
ギルガメシュ、友(とも)の死(し)と、己(おの)が旅(たび)を語(かた)る。
ウトナピシュティム、答(こた)ふ。「ギルガメシュよ、永久(えいきゅう)なるものなし。人(ひと)は死(し)すべき定(さだ)めなり」と。
ギルガメシュ、問(と)ふ。「汝(なんじ)は我(われ)と同(おな)じ人(ひと)の身(み)なれど、如何(いか)にして神々(かみがみ)の集(つど)ひに加(くわ)はり、永遠(えいえん)の命(いのち)を得(え)しや」と。
ウトナピシュティム、語(かた)り始(はじ)めぬ。「ギルガメシュよ、隠(かく)されし事(こと)を汝(なんじ)に明(あ)かさん。神々(かみがみ)の秘密(ひみつ)を語(かた)らん。
かつて、神々(かみがみ)、シュルッパクの地(ち)に洪水(こうずい)を起(お)こさんと定(さだ)めき。されど、エア神(しん)、葦屋(よしや)に向(む)かひてその秘密(ひみつ)を漏(も)らす。『葦屋(よしや)よ、聞(き)け。壁(かべ)よ、悟(さと)れ。家(いえ)を壊(こぼ)ち、方舟(はこぶね)を造(つく)れ。財(ざい)を厭(いと)ひ、命(いのち)を生(い)かせ』と。
我(われ)、その言(げん)に従(したが)ひ、方舟(はこぶね)を造(つく)り、我(わ)が家族(かぞく)と、生(い)きとし生(い)けるものの種(たね)を乗(の)せたり。
嵐(あらし)来(きた)たりて、六日七晩(むいかななばん)、地(ち)を覆(おお)ひぬ。七日目(なのかめ)にして、我(われ)、窓(まど)を開(ひら)けば、万物(ばんぶつ)、粘土(ねんど)に帰(き)したり。
我(われ)、ニムシュ(=ニシル)山(やま)に上陸(じょうりく)し、鳩(はと)を放(はな)つに、止(と)まる地(ち)なく帰(かえ)り来(き)ぬ。燕(つばめ)を放(はな)つに、これも帰(かえ)り来(き)ぬ。烏(からす)を放(はな)つに、彼(かれ)は食(く)らひ飛びて帰(かえ)り来(き)ざりき。
我(われ)、神々(かみがみ)に供物(くもつ)を捧(ささ)ぐ。エンリル神(しん)、我(われ)を見(み)て怒(いか)るも、エア神(しん)、彼(かれ)を諌(いさ)む。
エンリル、我(われ)と我(わ)が妻(つま)の手(て)を取(と)り、我(われ)らを祝福(しゅくふく)し、永遠(えいえん)の命(いのち)を与(あた)へたり」と。
ウトナピシュティム、ギルガメシュに言(い)ふ。「さて、汝(なんじ)のために、誰(だれ)が神々(かみがみ)を集(あつ)めんや。先(ま)づ、六日七晩(むいかななばん)、眠(ねむ)らずに過(す)ごしてみよ」と。
ギルガメシュ、座(すわ)るや否(いな)や、眠(ねむ)りの霧(きり)に包(つつ)まる。
ウトナピシュティム、妻(つま)に言(い)ふ。「見(み)よ、強(つよ)き者(もの)も眠(ねむ)りには勝(か)てず。日々(ひび)のパンを焼(や)き、彼(かれ)が眠(ねむ)りし日数(にっすう)を記(しる)せ」と。
七日目(なのかめ)、ギルガメシュ目覚(めざ)む。七(なな)つのパンを見(み)て、己(おの)が敗北(はいぼく)を知(し)る。
彼(かれ)は嘆(なげ)く。「我(われ)、何処(いずこ)へ行(ゆ)くべきか。死神(しにがみ)、我(わ)が手足(てあし)を掴(つか)めり」と。
ウトナピシュティム、彼(かれ)を憐(あわ)れみ、帰(かえ)り際(ぎわ)に秘密(ひみつ)を明(あ)かす。「海(うみ)の底(そこ)に、茨(いばら)の如(ごと)き草(くさ)あり。その草(くさ)、汝(なんじ)を若返(わかがえ)らせん」と。
ギルガメシュ、足(あし)に石(いし)を結(むす)び、深海(しんかい)に潜(もぐ)りてその草(くさ)を得(え)たり。
彼(かれ)はウルシャナビに言(い)ふ。「我(われ)、これをウルクに持(も)ち帰(かえ)り、老人(ろうじん)に与(あた)へて、自(みずか)らも食(く)らはん」と。
旅(たび)の途中(とちゅう)、冷(つめ)たき水(みず)の泉(いずみ)あり。ギルガメシュ、水浴(みずあ)びをす。
蛇(へび)、草(くさ)の香(かお)りを嗅(か)ぎつけ、静(しず)かに現(あらわ)れ、草(くさ)を食(く)らひたり。蛇(へび)、草(くさ)を食(く)らひ終(お)ふるや、その古(ふる)き皮(かわ)を脱(ぬ)ぎ捨(す)てぬ。
ギルガメシュ、その場(ば)に座(すわ)り込(こ)みて泣(な)く。「我(わ)が辛苦(しんく)は、誰(だれ)がためなりしや。蛇(へび)のためなりしか」と。
彼(かれ)はウルクに帰(かえ)り、城壁(じょうへき)の上(うえ)に立(た)ち、ウルシャナビに言(い)ふ。「見(み)よ、この城壁(じょうへき)を。その礎(いしずえ)を。これぞ、人(ひと)が遺(のこ)すべきものなり」と。

【第十二の石板】
(この石板(せきばん)は、後代(こうだい)の付加(ふか)と見(み)なす見解(けんかい)が有力(ゆうりょく)です)
ギルガメシュ、エンキドゥに言(い)ふ。「もし我(われ)、汝(なんじ)のために冥界(めいかい)の掟(おきて)を破(やぶ)らば、汝(なんじ)、我(われ)に冥界(めいかい)の法(ほう)を語(かた)るべしや」と。
彼(かれ)は、冥界(めいかい)に落(お)とせし己(おの)がプックとミックを取(と)り戻(もど)さんとす。
エンキドゥの霊(れい)、冥界(めいかい)の穴(あな)より現(あらわ)る。されどその身(み)は影(かげ)の如(ごと)し。
ギルガメシュ、問(と)ふ。「友(とも)よ、冥界(めいかい)の法(ほう)を我(われ)に語(かた)れ」と。
エンキドゥ、答(こた)ふ。「語(かた)る能(あた)はず。もし語(かた)らば、汝(なんじ)、座(すわ)り込(こ)みて泣(な)かん」と。
ギルガメシュ、言(い)ふ。「我(われ)、座(すわ)り込(こ)みて泣(な)かん。されど語(かた)れ」と。
エンキドゥ、語(かた)る。「我(わ)が身(み)は、虫(むし)に食(く)はるる古(ふる)き衣(ころも)の如(ごと)し。土くれに満(み)ちたり」と。
彼(かれ)は、冥界(めいかい)の陰鬱(いんうつ)なる様(さま)、戦死(せんし)せし者(もの)の幸(さいわ)ひ、子孫(しそん)なく死(し)せし者(もの)の悲惨(ひさん)を語(かた)りぬ。
ギルガメシュ、その言(げん)を聞(き)き、地(ち)に額(ひたい)つき、その日(ひ)、深(ふか)く嘆(なげ)き続(つづ)けたり。

7.2. 付録2:現代語訳

【第一の石板】
深淵を覗き見た人、ギルガメシュについて語ろう。この国の礎を築いた王である。
彼はすべての物事を知り、あらゆることを見通していた。隠されたものを見つけ、秘密にされたものを解き明かした。大洪水が起こる前の時代の知識をもたらし、長い旅から帰還して、疲れ果て、安らぎを得た。そして石碑に、自らのすべての苦難を刻みつけた。
ウルクの城壁を築いたのは、彼である。聖なるエアンナ神域(神殿・宝庫)を見よ。その外壁は銅のように輝き、内壁は比べるものがないほど見事だ。
ギルガメシュは、生まれた時から栄光に包まれていた。彼の3分の2は神であり、3分の1は人間であった。
しかし、その力は荒れ狂う野牛のようで、ウルクの街を我が物顔で歩き回った。若者たちを無理やり戦いへと駆り立て、娘たちをその父親から奪った。民衆の嘆きは、天の神々にまで届いた。
神々は、天の主であるアヌ神に訴えた。「ギルガメシュに匹敵する者は誰もいません。彼は自分の欲望のままに振る舞っています」と。
アヌ神は、創造の女神であるアルルに命じた。「彼の写し身を創りなさい。嵐のような心を持つ者を。2つの嵐が互いに戦い合うことで、ウルクの街に静けさをもたらすのだ」と。
アルルは神々の言葉を聞き、水で粘土をこねて、エンキドゥを創造した。彼は荒野の勇士であった。その体は硬い毛で覆われ、髪は女性のように長かった。彼は獣と共に草を食べ、獣と共に水飲み場に集った。彼はまだ、人間のことを知らなかった。

【第二の石板】
ある狩人がエンキドゥの姿を見て、恐怖に震えた。彼が仕掛けた罠は壊され、獣たちは逃げ去ってしまう。
狩人は父に「あの野人は、私の手に負えません」と訴えた。父は「ウルクへ行き、ギルガメシュ王に伝えなさい。そして、神殿の女性であるシャムハトを遣わしてもらい、彼を誘惑させるのです」と助言した。
ギルガメシュは狩人に言った。「シャムハトを連れて行きなさい。彼女が彼を誘惑すれば、獣の群れは彼を見捨てるだろう」と。
シャムハトはエンキドゥを見つけると、衣を脱いだ。エンキドゥは6日と7晩、彼女と過ごした。満ち足りた後、彼は獣の群れの方を振り返ったが、獣たちは人間らしくなった彼を見て逃げ去ってしまった。
エンキドゥは力を失い、膝をついた。しかし、彼の心には知恵が生まれ、彼は人間となった。
シャムハトは彼に言った。「あなたは神のように賢い。なぜ獣たちと野を駆けるのですか。さあ、私と一緒にウルクへ行きましょう。荒れ牛のような力を持つ、ギルガメシュ王の許へ」と。
エンキドゥはその言葉を聞き、友を求め、ギルガメシュに会うことを決意した。
その頃ウルクでは、ギルガメシュが夢を見ていた。天から星が落ち、道端に斧が落ちている夢だった。彼はそれを深く愛し、母である女神ニンスンに夢の意味を尋ねた。
母は「星も斧も、あなたの強い友を表しています。あなたを救う者が、やがて現れるでしょう」と答えた。
エンキドゥはウルクに入り、その力はすぐに街中に知れ渡った。
ギルガメシュがある家の婚礼の儀式に入ろうとした時、エンキドゥが戸口に立ちはだかり、その道を塞いだ。
2つの力は、戸口で激しくぶつかり合った。壁は揺れ、戸の柱は砕けた。ついにギルガメシュが膝をつき、彼の怒りは静まった。
彼はエンキドゥに向かって言った。「あなたこそ、母が言っていた友だ」。二人は互いに抱き合い、友情が生まれた。

【第三の石板】
ギルガメシュはエンキドゥに語った。「私の力は、ウルクの街の中ではなまってしまう。私は杉の森へ行き、私の名を不滅のものにしたい。邪悪なフンババを討ち、この地から悪を断ち切るのだ」と。
エンキドゥは涙を流して答えた。「フンババの声は洪水、その口は火、その息は死そのものです。どうやって彼に挑むというのですか」と。
ギルガメシュは言った。「友よ、人は死すべきものだ。しかし、私の名は永遠に残るだろう。私が行くのは、私の名声のため、そしてあなたの子孫のためなのだ」と。
ウルクの長老たちは嘆いて言った。「王よ、あなたはまだお若い。ご自身の力を過信してはなりません。フンババは侮れる相手ではありません」と。
しかし、ギルガメシュは彼らの言葉を聞き入れなかった。
母ニンスンは宮殿の屋上に登り、太陽神シャマシュに祈った。「なぜ、私の息子に休むことのない心をお与えになったのですか。今、彼は遠い道を行こうとしています。フンババと出会うその日まで、どうか彼をお守りください」と。
彼女はエンキドゥを呼び、「あなたは私の子ではないけれど、今日から私の養い子です。どうか、私の子を守ってください」と頼んだ。
2人の英雄は武器を手に取り、ウルクの門から旅立っていった。

【第四の石板】
2人の旅は続いた。20ベール進んでは食事をとり、30ベール進んでは野営をした。
ギルガメシュは山に登り、夢を授かるよう祈った。すると、山は彼に夢を与えた。
山が崩れ、彼を捕らえる夢だった。しかし、美しい人物が現れ、彼を瓦礫の下から引き出し、水を与えてくれた。ギルガメシュの心は安らいだ。
エンキドゥはその夢を解き明かした。「友よ、その夢は吉兆です。私たちがフンババを捕らえることを示しています」と。
再び、ギルガメシュは夢を見た。彼は荒れ牛と戦い、地に倒されてしまう。しかし、誰かが現れて彼に水を与えてくれた。
エンキドゥは言った。「友よ、その方はシャマシュ神です。私たちを助けてくださるでしょう」と。
旅は続き、彼らはついに杉の森の入り口に到着した。

【第五の石板】
彼らは緑の山辺に立ち、杉の森を眺めた。その道は真っ直ぐに続き、見事な光景だった。
森の守護者であるフンババの声は、雷のようだった。
ギルガメシュは恐怖に震えた。エンキドゥは彼を励ました。「友よ、共に進めば何も恐れることはありません」と。
太陽神シャマシュは、天から風を送った。大風、北風、嵐、氷の風。(諸本に異同はありますが)8つの風がフンババの顔を打ちつけ、彼は進むことも退くこともできなくなった。
フンババは降伏し、命乞いをした。「ギルガメシュよ、お許しください。私はあなたの僕となりましょう。この森の木をすべてあなたに差し上げます」と。
エンキドゥはギルガメシュに言った。「彼の言葉を信じてはなりません。慈悲をかけてはなりません」と。
ギルガメシュは斧を振り上げ、エンキドゥは剣を抜き、二人はフンババの首をはねた。
森は静寂に包まれ、彼らは最も高い杉の木を切り倒し、ユーフラテス河へと流した。

【第六の石板】
ギルガメシュは体を洗い、王の衣をまとった。その輝くばかりの美しさに、女神イシュタルは心を奪われた。
彼女はギルガメシュに言った。「さあ、私の夫になりなさい。あなたに瑠璃と金の戦車を差し上げましょう」と。
ギルガメシュは答えて言った。「あなたの愛は、風のように移ろいやすい。あなたが愛した羊飼いは狼になり、庭師は蜘蛛になったではないか。私はあなたの夫にはなれない」と。
イシュタルはその言葉に激怒し、天の父であるアヌ神に訴えた。「ギルガメシュが私を侮辱しました。天の牛を創り、彼を滅ぼしてください」と。
アヌ神は言った。「天の牛を放てば、ウルクの街は7年分の“殻の年”(凶作)に見舞われるぞ」。イシュタルは「民のために穀物は十分に備えてあります」と答えた。
アヌ神は天の牛を創り、ウルクに放った。その鼻息で大地に大穴が開き、多くの若者が落ちて死んだ。
エンキドゥが牛の角をつかみ、ギルガメシュがその心臓に剣を突き立てた。
彼らは天の牛を殺し、その心臓を太陽神シャマシュに捧げた。
イシュタルはウルクの城壁の上に立ち、呪いの言葉を叫んだ。するとエンキドゥは、牛の右腿を切り取り、彼女の顔に投げつけて言った。「お前も、この牛のようにしてやろうか」と。

【第七の石板】
エンキドゥは夢を見た。神々が集まり、評議を開いていた。アヌ神、エンリル神、シャマシュ神がいた。
エンリル神が言った。「フンババと天の牛を殺したのだから、彼らのうち一人は死なねばならない」と。シャマシュ神はギルガメシュを弁護したが、エンリル神はエンキドゥが死ぬことを決定した。
エンキドゥは病の床につき、自らの運命を呪った。杉の森の扉を呪い、狩人を呪い、そして自分を人間にしてしまった女性シャムハトを呪った。
しかし、シャマシュ神が天から彼に語りかけた。「シャムハトは、お前に美味しい食事を与え、偉大なギルガメシュを友とさせてくれたではないか。彼はお前の死後、深く嘆き悲しむだろう」と。
エンキドゥの心は安らぎ、シャムハトへの呪いを解いて、彼女に祝福を与えた。
彼はギルガメシュに語った。「友よ、私は不名誉のうちに死ぬのではない。戦場で死ぬ者は幸せだ。だが、私は病で死ぬのだ」と。
12日後、エンキドゥは息絶えた。

【第八の石板】
夜が明けると、ギルガメシュは友に呼びかけた。しかし、エンキドゥは答えなかった。
彼が友の胸に触れても、心臓は動いていなかった。
彼は友の顔をヴェールで覆い、獅子のように咆え、友の周りを歩き回り、自らの髪をかきむしり、美しい衣を引き裂いた。
再び夜が明けると、ギルガメシュは国中に布告した。「エンキドゥのために嘆きなさい。我が友、野のロバ、山の豹。我が右腕、我が剣、我が盾。彼は死んだ。私は彼を深く悼む」と。
彼は、金と瑠璃で友の像を造り、国中の職人を集め、壮麗な墓を築いた。

【第九の石板】
ギルガメシュは、友エンキドゥのために、荒野をさまよい泣いた。
「私もまた、死ぬのではないか。エンキドゥのように、土くれと化すのではないか。恐怖が、私の腹の内にある。私は死を怖れ、荒野を駆ける。私は、賢人ウトナピシュティムの許へ、道を急ぐのだ」と。
彼はマシュの山に到着した。その山は、日の出と日の入りを護っている。サソリ人間が、その門を守っていた。
サソリ人間はギルガメシュを見て言った。「その体は神のものだが、その心は苦悩に満ちている」と。
ギルガメシュは旅の目的を語った。「友の死によって、私は死を怖れるようになった。永遠の命に至る道を知りたいのです」と。
サソリ人間は言った。「お行きなさい、ギルガメシュよ。しかし、その道は暗黒です。光はありません」と。
彼は太陽が夜の間に通る道を進んだ。12ベールの暗闇を。彼はひたすら走り続け、ついに暗闇の果てにたどり着いた。

【第十の石板】
暗闇を抜けると、彼は光の庭園に出た。そこは宝石の木々が生い茂る場所だった。
酒場の女主人であるシドゥリは、荒々しく悲しみに満ちた彼の姿を見て、戸を閉ざしてしまった。
ギルガメシュは戸を叩き、自らの身の上を語った。「私はギルガメシュ。フンババを倒し、天の牛を殺した者。我が友、エンキドゥは死んだ。私は死を怖れているのです」と。
シドゥリは彼に言った。「ギルガメシュよ、あなたが求める命は見つかりはしません。神々は人間を創った時、死を人間に割り当て、命はご自身の手に留め置かれたのです。あなたは、お腹を満たし、昼も夜も楽しみなさい。日々、祝いの宴を開きなさい。これこそが、人間の務めなのです」と。
ギルガメシュは聞かなかった。「ウトナピシュティムへの道を教えてください」と。
シドゥリは答えた。「死の海があります。渡し守のウルシャナビだけが、そこを渡ることができます」と。
ギルガメシュはウルシャナビを見つけると、怒りのあまり、船の航行具と解される「石なるもの」を打ち砕いてしまった。
ウルシャナビは言った。「あなたは、自ら海を渡るための道具を破壊してしまった」と。
しかし、ギルガメシュは120本の竿を作り、死の海を渡り、ついにウトナピシュティムの許へ到着した。

【第十一の石板】
ウトナピシュティムはギルガメシュを見て言った。「なぜ、あなたの顔はやつれ、心は悲しみに沈んでいるのですか」と。
ギルガメシュは、友の死と、自らの旅について語った。
ウトナピシュティムは答えた。「ギルガメシュよ、永久に続くものはありません。人は死ぬように定められているのです」と。
ギルガメシュは尋ねた。「あなたは私と同じ人間の身でありながら、どうやって神々の仲間に加わり、永遠の命を得たのですか」と。
ウトナピシュティムは語り始めた。「ギルガメシュよ、隠された事柄をあなたに明かしましょう。神々の秘密を語るのです。
かつて、神々はシュルッパクの地に大洪水を起こすことを決定しました。しかし、エア神は、葦の小屋に向かってその秘密を漏らしたのです。『葦の小屋よ、聞け。壁よ、悟れ。家を壊し、方舟を造れ。財産を厭い、命を救え』と。
私はその言葉に従い、方舟を造り、私の家族と、生きとし生けるものの種を乗せました。
嵐が来て、6日と7晩、大地を覆いました。7日目に、私が窓を開けると、すべてのものは粘土に帰していました。
方舟はニムシュ(=ニシル)山に漂着し、私は鳩を放ちましたが、止まる場所がなく帰ってきました。燕を放ちましたが、これも帰ってきました。烏を放つと、彼は食べ物を見つけ、飛び回り、帰ってはきませんでした。
私は神々に供え物を捧げました。エンリル神は私を見て怒りましたが、エア神が彼をなだめました。
エンリル神は、私と私の妻の手を取り、私たちを祝福し、永遠の命を与えてくれたのです」と。
ウトナピシュティムはギルガメシュに言った。「さて、あなたのために、誰が神々を集めてくれるというのですか。まずは、6日と7晩、眠らずに過ごしてごらんなさい」と。
ギルガメシュは座るやいなや、眠りの霧に包まれてしまった。
ウトナピシュティムは妻に言った。「見なさい、どんな強い者も眠りには勝てない。毎日パンを焼き、彼が眠った日数を記録しなさい」と。
7日目に、ギルガメシュは目覚めた。7つのパンを見て、自分の敗北を知った。
彼は嘆いた。「私はどこへ行けばよいのか。死神が、私の手足をつかんでいる」と。
ウトナピシュティムは彼を憐れみ、帰り際に秘密を明かした。「海の底に、茨のような草がある。その草は、あなたを若返らせるだろう」と。
ギルガメシュは足に石を結び、深海に潜ってその草を手に入れた。
彼はウルシャナビに言った。「私はこれをウルクに持ち帰り、老人たちに与え、そして自分も食べよう」と。
旅の途中、冷たい水の泉があった。ギルガメシュはそこで水浴びをした。
一匹の蛇が、草の香りを嗅ぎつけ、静かに現れて、その草を食べてしまった。蛇は草を食べ終えると、その古い皮を脱ぎ捨てた。
ギルガメシュはその場に座り込んで泣いた。「私の辛苦は、誰のためだったのか。蛇のためだったのか」と。
彼はウルクに帰り、城壁の上に立ち、ウルシャナビに言った。「この城壁を見よ。その礎を。これこそ、人が遺すべきものなのだ」と。

【第十二の石板】
(この石板は、後代の付加と見る見解が有力です)
ギルガメシュはエンキドゥに言った。「もし私が、お前のために冥界の掟を破ったなら、お前は私に冥界の法を語ってくれるか」と。
彼は、冥界に落としてしまった自分のプックとミック(王権の象徴)を取り戻そうとした。
エンキドゥの霊が、冥界の穴から現れた。しかし、その体は影のようだった。
ギルガメシュは尋ねた。「友よ、冥界の法を私に語ってくれ」と。
エンキドゥは答えた。「語ることはできません。もし語れば、あなたは座り込んで泣くことになるでしょう」と。
ギルガメシュは言った。「私が座り込んで泣くことになっても構わない。だから語ってくれ」と。
エンキドゥは語った。「私の体は、虫に食われる古い衣のようです。土くれに満ちています」と。
彼は、冥界の陰鬱な様子、戦場で死んだ者の幸せ、そして子孫なく死んだ者の悲惨さを語った。
ギルガメシュはその言葉を聞き、地に額をつけ、その日一日、深く嘆き続けた。




【注記】
この物語は次の書籍へのオマージュ、リスペクト、インスパイアとして作成されました。

注目すべき人々との出会い
G.I.グルジェフ