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格言シリーズ:百聞は一見に如かず、百見は一労作に如かず


格言シリーズ:百聞は一見に如かず、百見は一労作に如かず

1.読み:ひゃくぶんはいっけんにしかず、ひゃくけんはいちろうさくにしかず

2.意味

「何度も話を聞くよりも一度自分の目で見る方が確実で、何度も見るよりも一度自分で手を動かして試みる方が深い理解に至る」という意味の格言です。知識や理解は、受動的な情報収集(聞く、見る)よりも、能動的な実践(労作)を通じて最も深く身につくことを教えます。目先の情報や観察に頼るだけでなく、試行錯誤による体験が重要であるという教訓を伝えています。

3.出典

この格言は、由来の異なる二つの言葉を組み合わせたものです。

  • 百聞は一見に如かず
    古代中国の前漢時代に成立した歴史書**『漢書』**の「趙充国伝」に記されている故事に由来します。直接的な経験の価値を強調するこの考え方は、道教や儒教の思想にも通じます。

  • 百見は一労作に如かず
    日本の教育者であり玉川学園の創立者である小原國芳が、1929年頃に自身の教育理念「労作教育」を広める中で加えた拡張表現です。ドイツの改革教育(ゲオルグ・ケルシェンシュタイナーらの影響)を取り入れ、実践を通じた全人教育の重要性を説きました。

4.原文と現代語訳

  • 「百聞は一見に如かず」の原文と現代語訳

    • 百聞不如一見
      Bǎi wén bù rú yī jiàn
      百 (bǎi) 聞 (wén) 不 (bù) 如 (rú) 一 (yī) 見 (jiàn)

    • 背景と現代語訳
      前漢の時代(紀元前1世紀)、将軍・趙充国は羌族討伐を命じられ、皇帝(宣帝)から戦況を尋ねられた。70歳を超える高齢だった趙は、「遠くから百回報告を聞くよりも、一度自分の目で戦場を直接確かめることには及びません」と答え、緊迫した戦場を自ら見極める決意を示し現地に赴いた。このことから、「人から何度も聞くよりも、一度自分の目で見た方が確かだ」という意味で使われるようになった。(参照: 『漢書』岩波文庫版)

  • 「百見は一労作に如かず」の引用と現代語訳

    • 引用「百聞は一見に如かず、しかも百見は一労作に如かず。」

    • 背景と現代語訳
      教育者・小原國芳は、玉川学園の創立期(1929年頃)に、ただ見聞するだけでなく、実際に手足を動かし試行錯誤すること(労作)で真の知恵が身につくと説いた。彼はドイツの改革教育の影響を受け、「(たとえ自分の目で)百回見たとしても、一度自ら手を動かし実践することには及びません」と述べ、観察から実践へのステップアップを強調した。(参照: 玉川学園公式サイト https://www.tamagawa.ac.jp、『全人教育論』)