主要紙社説「原発建て替え」
経産省が廃炉が決まった原発の建て替えの数値目標を示した。2040年代までに最大5基、50年代までにはさらに9基建て替えるとした。重要な原発政策の見直しで、主要紙は社説でこの問題を取り上げている。
ただ、従来の原発政策への賛否を反映して、意見は割れている。
毎日新聞「国民理解得るには程遠い」と東京新聞「未来も依存続けるのか」の両紙は反対の立場を表明した。
毎日は「多くの問題を抱える原発を、この先何十年も使い続けるつもりなのか。なし崩しの建て替えに国民の理解が得られるとは思えない」という。
朝日も「運転期間が何十年にも及ぶ原発の新設は、国のエネルギー政策の未来を事実上縛るものだ。原発は事故のリスクをはじめ、あまりに多くの問題を抱える。軽々に新設してよいはずがない」と述べる。
いまだ生きている「非常事態宣言」
国のエネルギー政策を縛るというが、それが原発推進側の狙いでもあるのではないか。何が何でも原発を使い続けたいという強い意思が透けて見える。東電福島第一原発事故から15年経っても「非常事態宣言」は撤回されないままであるのに、それをどう考えるのか。
使用済み核燃料という「核のごみ」の行先さえはっきりしていない現在、原発を建て替えていっていいのかという疑問を毎日、朝日のみならず、建て替えに理解を示す日経、読売、産経も温度差はあっても有している。
青森県六ケ所村の処理工場の完成時期はこれまで27回も延期されてきたし、最終処分場も決まっていない。使用済み核燃料から利用可能なプルトニウムなどを取り出して再利用する「核燃料サイクル」も破綻している。
日経「国は原発建て替え目標の実現へ枠組みを」は企業目線で次のようにいう「国が定量的な目標を示すことで、事業者が人員や技術、供給網の見通しを立て、建設に動きやすくする効果を期待する」。
そして国が一定のリスクを負うように求めている。「公的信用力を活用した融資や固定費の回収保証、インフレによるコスト上昇分の追加など、検討中の支援策を早期に導入する必要がある」と日経は述べる。
さらに、「規制変更に伴る追加投資や「核のごみ」の最終処分、事故が起きた際に過失の有無を問わず電力会社に賠償を全額負担させる法制度といった、民間企業で追いきれないリスクは多い」とし、一定の範囲を超えるリスクは国が引き受ける枠組みを検討すべきだという。
だが国が一定のリスクを引き受けるということは、税金からその費用を出すということではないか。とすると国民の理解は得られるのかという問題が生じるが、その点については触れていない。
経済紙の宿命と限界?
やはり経済紙という性格から国や企業からの視点からの考え方であって、普通に暮らす人たち、つまり強者の視点で弱者への目配りに欠ける論調になるのは日経という新聞の宿命なのだろうか。
読売「課題克服し新目標達成目指せ」もAI時代を控え電力需要増大が予想されることを挙げて、「安全性を確保しつつ着実に整備を進める必要がある」と賛意を示す。そして日経同様に「公的な融資制度の拡充など政府の支援も強化していくべきだ」と述べている。
もちろん読売も「核のごみ」という課題にも言及している。さらには建て替えをスムーズに進めるためには「地元の同意を得るために丁寧な話し合いが欠かせない。地域経済の発展や災害時の避難路など、住民が納得できる取り組みを広げていくことも大切だ」と住民への配慮も見せる。
とはいえ、推進先にありきという姿勢には変わりがない。
もっとも「旗幟鮮明」なのが産経「国力維持へ早急な実行を」だ。「高経年原発の廃炉で既設炉の数は縮小していく。再稼働だけでは到底、将来の(電力の)供給力を維持できない」ので建て替えを進めるべきだという。
そして原発の建設に時間がかかることから、経産省が示す目標を達成するためには「直ちに建設準備に着する必要がある」と前のめりだ。産経も当然のことながら「核のごみ」の問題に触れてはいる。
蘇るのか?「原子力 明るい未来のエネルギー」
だが、こう締めくくっている「正しく怖がるためには正確な知識がいる。学校教育などで原子力とエネルギーを冷静に学ぶ機会を広げることも重要だ」。311前に福島県で行われていたような「原子力 明るい未来のエネルギー」というキャッチフレーズを再びとでもいうのだろうか。
最後に「原発を止めた裁判長」だった樋口英明氏の著書「保守のための原発入門」(岩波書店)から引用しよう。「原発の問題は左右のイデオロギーの問題でもなければ、上下の格差の問題でもなく、まさに我が国の運命の問題である。事実と論理に従えば、自ずと結論は出る。論理はイデオロギーを超えた世界の共通語だからである」。
樋口元裁判官によれば、瞬時に国を亡ぼす可能性があるのは戦争と原発。樋口氏は「保守が国を本当に思う真の愛国者ならば原発を推すべきではない」といっているのだ。
