【短編小説】雨宿りのレターセット
雨宿りをしていて気づいた。
駅前の商店街を一本入った路地裏に、
雨が降る午後だけ開く店がある。
少し煤けた緑の屋根。
古い木の扉には、
小さく「本日レターセット入荷」と書かれている。
私は以前もその店を、
雨宿りをしていて見つけた。
◆
店の中には、
便箋や封筒が並んでいた。
白いもの。
青いもの。
薄紫のもの。
どれも雨粒みたいに静かな色をしていた。
店主は無口な老人だった。
私は一冊のレターセットを見つけた。
表紙には、
銀色の文字でこう書かれていた。
『雨の日専用』
私は、
自分の手が雨で濡れていないかを確かめてから、
そっとそれを手に取った。
すると、
店主が初めて口を開いた。
「それは、
晴れの日には書けないけどいいですか?」
目じりの皺から、
人の良さが伝わってくる。
「そうなんですか?」
私は思わず聞き返した。
店主は小さく頷く。
「でも、
今日みたいな日には、
きっと役に立ちますよ」
◆
家へ持ち帰った。
けれど晴れの日には、
書いても筆が進まず、
何も起こらなかった。
――ただの便箋だ。
私はそっとレターセットを、
引き出しにしまいこんだ。
ところが数日後。
窓を叩く雨音を聞きながら封を開くと、
紙の上に薄い文字が浮かび上がった。
『あなたが忘れた言葉を書いてください』
私は少し驚いたが、
少し考えてから、
書いた。
ありがとう。
ごめんね。
元気でいますか。
言えないまま、
忘れていた言葉ばかりだった。
◆
翌朝になると、
文字は消えていた。
便箋も真っ白になっている。
――夢だったのかもしれない。
そう思った。
けれど次の雨の日。
再び文字が現れる。
『大丈夫、
まだ数枚あります』
私は思わず笑った。
それから雨が降るたび、
便箋に言葉を書くようになった。
誰かに送るわけではない。
宛名もない。
ポストにも入れない。
それでも不思議と心は軽くなった。
◆
梅雨が明ける朝。
最後の一枚を開く。
そこには見慣れない文字が浮かんでいた。
『ちゃんと想う人に届いています』
私は窓の外を見た。
雨は止み、
雲の隙間から光が射している。
風が吹いた。
机の上の便箋がめくれる。
すると白い紙の間から、
小さな雨粒がひとつ転がり落ちた。
その雨粒は光を受けてきらりと輝き、
やがて静かに消えた。
誰に届いたのかはわからない。
けれどその日から、
私は雨の日が少し好きになった。
まるで空から返事が届くみたいだったから。
✳︎シロクマ文芸部
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