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【短編小説】雨宿りのレターセット

雨宿りをしていて気づいた。

駅前の商店街を一本入った路地裏に、
雨が降る午後だけ開く店がある。

少し煤けた緑の屋根。

古い木の扉には、
小さく「本日レターセット入荷」と書かれている。

私は以前もその店を、
雨宿りをしていて見つけた。

店の中には、
便箋や封筒が並んでいた。

白いもの。

青いもの。

薄紫のもの。

どれも雨粒みたいに静かな色をしていた。

店主は無口な老人だった。

私は一冊のレターセットを見つけた。

表紙には、
銀色の文字でこう書かれていた。

『雨の日専用』

私は、
自分の手が雨で濡れていないかを確かめてから、
そっとそれを手に取った。

すると、
店主が初めて口を開いた。

「それは、
晴れの日には書けないけどいいですか?」

目じりの皺から、
人の良さが伝わってくる。

「そうなんですか?」

私は思わず聞き返した。

店主は小さく頷く。

「でも、
今日みたいな日には、
きっと役に立ちますよ」

家へ持ち帰った。

けれど晴れの日には、
書いても筆が進まず、
何も起こらなかった。

――ただの便箋だ。

私はそっとレターセットを、
引き出しにしまいこんだ。


ところが数日後。

窓を叩く雨音を聞きながら封を開くと、
紙の上に薄い文字が浮かび上がった。

『あなたが忘れた言葉を書いてください』

私は少し驚いたが、
少し考えてから、
書いた。

ありがとう。

ごめんね。

元気でいますか。

言えないまま、
忘れていた言葉ばかりだった。

翌朝になると、
文字は消えていた。

便箋も真っ白になっている。

――夢だったのかもしれない。

そう思った。

けれど次の雨の日。

再び文字が現れる。

『大丈夫、
まだ数枚あります』

私は思わず笑った。

それから雨が降るたび、
便箋に言葉を書くようになった。

誰かに送るわけではない。

宛名もない。

ポストにも入れない。

それでも不思議と心は軽くなった。

梅雨が明ける朝。

最後の一枚を開く。

そこには見慣れない文字が浮かんでいた。

『ちゃんと想う人に届いています』

私は窓の外を見た。

雨は止み、
雲の隙間から光が射している。

風が吹いた。

机の上の便箋がめくれる。

すると白い紙の間から、
小さな雨粒がひとつ転がり落ちた。

その雨粒は光を受けてきらりと輝き、
やがて静かに消えた。

誰に届いたのかはわからない。

けれどその日から、
私は雨の日が少し好きになった。

まるで空から返事が届くみたいだったから。


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