見出し画像

ほうき返納


空をほうきで飛んでいると、地上を走るパトカーに呼び止められた。
「おばあちゃん、かなりフラフラしてたようだけど。大丈夫?」
魔法が使えないくせに、警官は私のことをおばあちゃん呼ばわりしてきた。
「許可証はある?」
私はがま口の財布から、ほうき使用許可証を取り出した。
「もう返納を考えたほうがいいんじゃないの?」
年寄り扱いしてくる警官に嫌気が差し、
「ご親切にどうも。でも、私より返納しなきゃいけない魔法使いは山ほどいるよ」
と言い返した。
「隣の家の大原さんなんて、いつもフラフラと蛇行飛行をしているし。はす向かいの浜本さんなんて空中で一回転したんだから。危険飛行をしてる連中なんだよ」
警官は私の許可証を確認して
「おばあちゃんも、その連中の一人なんですよ」
と言いながら返してきた。
魔法を使えない若者が、魔法使いに偉そうにする時代に辟易としている。今が16世紀だったら、そんなことは言わせないのに。

家に帰ると、息子の嫁が私のもとに駆け寄ってきた。
「おばあちゃん! また、ほうきで空を飛んでたんですか? 危険だから、飛んじゃダメだって言いましたよね」
その口ぶりに私は腹が立ち
「あんた。また、鼻をエリンギに変えられたいのかい? それとも、もっと酷いものにしてやろうか」
と言ってやった。
息子の嫁は思い出したように鼻を抑え、パタパタと逃げていった。こっちは魔法が使えるんだ。へん、と鼻を鳴らして笑った。
しかし、最近はほうきに乗ってる魔法使いも少なくなった。
若い魔法使いは車や電車の方が楽だと言い、年寄りの魔法使いは危ないから許可証を返納している。私もそろそろ、空を飛べないのかもしれない。
その晩、息子が私に許可証の返納を提案してきた。
「僕が車で送り迎えするからさ、そしたら母さんもほうきに乗らなくていいだろ?」
そうじゃないのさ。魔法を使わない人間は知らないかもしれないが、ほうきは単なる移動手段じゃない。生き甲斐なんだ。
そんな私の気持ちは知らずに、息子は続ける。
「それにもし車に乗ったら、ゆうたとも一緒に帰れるよ。ほうきで移動するなら、ゆうたの幼稚園の送迎はもう頼まない」
息子は孫との送迎を条件に出してきた。孫と幼稚園からの帰り道、一緒にほうきで飛ぶのが唯一の楽しみだったのに。

後日、私は区役所に行って許可証を返納した。ほうきは区役所で処分された。粉々になった破片の一部を、瓶に詰めて持ち帰った。
よく考えたら、孫と一緒に帰るのが好きなだけで、ほうきに乗ることはどうでもよかったのかもしれない。
そんなことを考えながら、庭でバットを振る孫を眺めていた。
「ゆうたは野球が上手だね」 
すると、ゆうたはバットをこちらに差し出してきた。
「おばあちゃんも振ってみてよ!」
私は首を振りながら
「おばあちゃんにはできないよ」
と言った。
しかし、その時。私はあることを閃いた。
私は孫からバットを受け取り、それにまたがった。念じると私を乗せたまま、バットは宙に浮いた。
まさにこの時、生きてる実感がしたのだ。
「空飛ぶバットだ!」

それから、私は様々なバットに乗って空を飛んだ。皆には内緒にしているが、たまに孫と一緒に飛ぶこともある。
特に長嶋茂雄モデルが、飛びやすいんだ。

いいなと思ったら応援しよう!