【楽しく、続ける】え、どうしたの?noteへの想いが揺れやすい人へ
やぁ、いらっしゃい。今日はのんびりいこっか。
この記事を書いているのが、
2025年4月7日です。
ちょうど、小学生や中学生の方が新学期に入るくらいかな?
記事を出すのはちょっと先になると思うけど、こういった"節目"のタイミングでふと思うことなんかは書き残しておきたいと思うものです。
本題はここから。
"𝕏"でも朝にポストしてます。一緒に楽しみましょう٩( 'ω' )و
「noteで忘れちゃいけないこと」
— ナオnote (@na0_note) April 6, 2025
① 読者は“無料部分”で判断する
② 最初の1行で世界観が決まる
③ タイトルは「読む理由」になる
④ スキ0でも、誰かは見てる
⑤ 共感だけじゃ、次は読まれない
⑥ 書く前に「誰に届いてほしいか」を決める
⑦ 本文より、“読後感”が記憶に残る
⑧…
『楽しく、続ける』
をテーマに、メンバーシップを発信しています。おかげさまでかれこれ20ヶ月くらいになる感じかな?
長いように見えて、これがあっという間。参加していただいてる皆様に支えられての今があります、感謝しかない。
さて、
学校や仕事だと20ヵ月って、まぁ長く見えて途中経過って感じだよね。
でも、「noteで20ヵ月」となると、これはこれでなかなかの猛者なんだろうな。これは"noteの立ち位置"の捉え方の問題なんだと思ってます。
基本的に「書く」と「読む」で構成されているのがnoteなので、言ってみればシンプルなんだよね。
逆に言えば、シンプルが故に他の刺激や楽しみ=モチベーションが保てないと、なかなか継続ができないのかもしれないね。
検索してみるとこう▽

「ただ、漠然と続ける」
そうなると、どうやら非常に継続率が低くなるみたいだね。一部交流相手がいたり、コミュニティがあることでその割合も飛躍的に伸びたりする。
まぁ、これはなんとなくわかるよね。
人間、1人で「ただがんばる」はなかなかできないもんです。私もこうやってコミュニティを運営しているから継続ができている。
続けているように見えて、続けさせていただいているのは皆さんのおかげ。これは間違いない。
あくまで、コミュニティー運営側の意見だね。
「じゃあ一般ユーザはどうなの?」となると、また目線が変わってくる。noteを引退していくのは、大体一般ユーザなので、少数派の意見だけ立てても参考にはならない。
調べてみるとこう▽

なるほど、一理ある。
いや、一理ありすぎる。
3で区切ってるけど、
10くらい提案があったな。
確かに、「これをやれば」noteは継続できるんだろうさ。
ただ、正論すぎるよね。
『楽しく、続ける』
冒頭に伝えたコレ。
"楽しく"が抜けてしまうと、無為な継続になるしYouTubeやSNSのように"ただ見るだけ"で継続できるものに流れてしまう。
単純に見えて、これが結構深刻な問題なんだよ。
これはビジネスや会社経営においても全く同じことが言える。
ただ長々と続いてるだけじゃ、社員のモチベーションが落ちて運営が立ちゆかないなんてケースは本当に多いよ。
noteにも続け方が問われている。
そこで一番、
勘違いされがちなところが、
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