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mirecat
書かなかっただけ。──初夏とキーボード
春にはあんなに見えていた景色が、今は見えない。
春の景色には、見つけたことの満足があった。
今は、景色を、どうして諦めてしまうのか。
わたしには魅力的に映らないということなのだろうか。
今──。
風が見える。
庭の木はどれも揺れている。
春の花のあと、緑の実をつけている。
景色の半分を占めていた麦は刈られ、田植えを待つ土にゆっくりと水が滲みていく。
雨のたびに、こぼれ種からゴーヤの芽が出る。
早くに目覚めたゴーヤは、ネットを伝って伸びている。
ああ、そうだったのか。
春は書いて、春の喜びを感じていた。
夏は書かずにいただけなのかもしれない。
書くことで、夏の初めの美しさが見えてきた気がする。
観察するだけでは見えてこないものが、書くことで見える。
書くと、目も耳も肌も心も、透き通った感覚を取り戻すこともあるような、そんな心持ちがした。
それもこれも、外部キーボードのおかげだ。
考えと直結して入力ができる。
慣れないソフトウェアキーボードは、ゆっくりにしか入力できなくて。
まず、萎える。思考に置いて行かれて、興が乗ってこない。
春はまだ外部キーボードに元気があった。
最近は不調が続いている。
これを書いている今は、うまく繋がっている。
タブレットを開いてから2時間かかった。
電源ON/OFFを何度したことか。
接続部分を埃の出にくい柔らかい布で拭いて。
繋がりっぱなしにして、2時間。
もうだめだ。だめなんだ。
景色がどうとか、書くのがどうしたとか
そういうことではない。
スムーズに入力できるかどうかだ。
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