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卒業文集の謎|わたしの、たったひとつの創作

わたしにも、ひとつだけ自分が選んで書いた文章があります。


学校の課題や、仕事の文書を書くことはありました。必要に迫られるからです。

noteに来る前は、自分で書くことを選んだことがありませんでした。
ない、と思っていました。

でもひとつだけ、あったのを思い出したのです。
この季節だからでしょうか。


小学校の卒業文集。
当時はまだガリ版印刷で、手書きしたものをわら半紙に写していました。印刷されたわら半紙を半分に折って製本したようなものだったと思います。
今手元にはありませんが、探せばひょっこり出てきたりするでしょうか・・・。

わたしたちに、先生は
3つの中から選んで書いてよいと言いました。

「将来の夢」「小学校の思い出」「創作」

この中からどれかひとつ。

「小学校の思い出」を選ぶ子が一番多かった印象があります。「将来の夢」もけっこう選ばれていました。

わたしは、他にほとんどいなかった「創作」にしました。もう1人創作を選んだ子は、確か詩を載せていたと思います。

なぜ「創作」にしたかその理由が自分らしいというか、変わらないものなんだなと、なんだかおかしいような。恥ずかしいような。


小学校6年生のわたしは「将来の夢」を大々的に発表することの恥ずかしさを感じていました。それを書いて文集に載せるなんて。そのときのわたしになりたいものがあったかどうかも記憶していないのですが、とにかく大々的に発表するのを恥ずかしく思ってしまうのです。

他の子が夢を書くのはよいのです。「◯◯ちゃんらしいな」とか「そういう夢があるのか」などと関心あったり感心したりします。

読んだおとなが「まあ、◯◯ちゃん!こどもらしくてかわいらしいわ」と喜ぶ姿を、わたしは想像してしまいます。そのかわいらしいこども・・・・・・・・・に自分がなってしまうのが、恥ずかしいのです。


「小学校の思い出」はなんだか「思い出語り」する自分を恥ずかしく思ってしまいます。「あれは楽しかったね」「あれは大変だったね」と思うのは、わたしだって同じです。だから、友達が書いたのを読めば「そんなこともあったね!」と思い返します。

でも、はたと「だって、みんな同じ中学校行くじゃん」と思ってしまいます。そう。わたしたちは全員同じ中学校へ進むのです。他のいくつかの小学校と一緒にはなりますけど、今いる同級生はみな同じ中学校です。

自分が思い出を語って数日後、なかったような顔してまた会うのが恥ずかしい気がしてしまいました。


━━という消去法で、「創作」選ぶことにしました。
これなら、卒業する6年生らしい感情やそれを見守る大人の視線から逃れられます。
これしかありません。

それまでは課題の日記や読書感想文しか書いたことがありません。ましてや創作なんて・・・。
それでもこの消去法でやるしかないのです。

いつもギリギリにならないと、ことを始めないわたし。このときも提出日直前に紙と鉛筆を持ったはずです。

なんとか机に向かい書き出したら、どんどん進んでお話が長〜くなってしまいました。

卒業文集です。1人につき指定字数がありました。A4サイズの半分くらいの範囲を充てられていたと思います。それなのに、わたしはA4で2枚半くらいのものを書いてしまいました。


期日は迫りに迫っています。人の5倍くらいの分量になってしまいました。
いろいろなことを恥ずかしいと思う、自意識過剰気味なところがあります。

どうしたと思います?
これを、そのまま提出するんですよ。

──これは恥ずかしくないのでしょうか。

一人だけ図々しく長い文章。卒業となんら関係のないお話だったはず。記憶が曖昧で覚えていないけど。

でね。
先生はそれを採用なさるのです。すごいですよね。卒業文集でたった1人だけ異様に長いお話が載るって。
今だったら問題になりますか。「なぜあの子だけ?」というクレームきますか。
わが親はどのように感じたのでしょうか。肩身が狭かったかな。

多感な時期だというのに制約からはみ出したものを、なぜ提出したのか。わかりません。

提出したときの先生の様子やできあがった文集を見た友達、親の様子は覚えていません。書き終えた満足感と、先生が何も言わずに文集に載せてくれたうれしさが残りました。


noteに来てからも「創作」は書いていません。
わたしのたった1本のお話はどんなものだったのかは、覚えていません。





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