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映像の世界

昨日、飛行機と電車で、読んでいたものの
なかなか、読み進められなくて、
何度も帰り読みしてた🤣

つまり、他人なんて居なくて、
全部、自分の創作物。

なんなら、自分の前に
ディスプレイ(HMDのほうが適切かな)
付けて、その映像だけ見て、
歩いてたりする。

自分の眼で見て、というのを
実利的な世界では重要視する。

しかし、
それはHMDの画像に過ぎない、と。

日本に導入され始めたころ、
HMDのアプリを見たことがある。

あの頃は、
マウントするディスプレイもごつく、
使いにくい印象があった。
(HMD付けている人の挙動不審っ振りを
    横で見ているのが楽しかった🤣)

今や、体験系の教材等にも使われ、
臨場感あるアプリとして
特定の位置を確保している。

話がそれた。

臨場感たっぷりの、
自分の眼で見た「現実」とやらが、
HMDの映像に過ぎない、という。

HMDの映像も、
どんどん現実に近づいているので、
「現実」とやらに、
混同される日も遠くないだろう。

そういうこと抜きに、
そもそも、
「現実」が仮想現実に過ぎない、
なかなか衝撃的ではある。

まあ、そういうフレームワークを
構築してしまえば、
その発想に矛盾はないように思われるし

まあ、心理的に受け入れがたい、と
いう点さえクリアしてしまえば、
「まぁ、そういうもんでしょ?」
ということも可能かと。

  
matrixじゃないけど、
HMDの映像ソフトを
別のものに変更、
改めてダウンロードしたら、
見る映像も変わって、
現実も差し変わることになる。

まさにmatrixの世界がやってきた

いや。
というよりも、
matrixが現実の反映だったのか?


読み終わって

自宅まで、坂がある。
この坂がきつい、というのは
単なる映像上のトリックであり、
HMDの映像を見て、
自分の筋肉が反応しているだけ

雨も降っていたが、
これも映像から、
皮膚が反応しているだけ、

と思ったら、
なんか、笑いがこみ上げてきた。


gifted_poppy953さん、
画像使わせていただきました。
ありがとうございます。