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日本一のボクシングジムの会長から凋落した男の物語


久しぶりに骨太のスポーツノンフィクション記事をweb媒体で書きました。
取材は少し前だったのですが、私の都合で掲載には時間を要しました。
大阪で行われた取材自体も大変面白かったのですが、数年来の付き合いの中でいろいろ感じてきたことがあり、紆余曲折があったボクシングジムの会長の話しを忖度なく書けて、個人的にも満足度が高い記事になりました。

Number web 掲載 ボクシング原稿(4本)

内容は以下から。

具志堅用高や渡嘉敷勝男、鬼塚勝也、勇利アルバチャコフ(敬称略)らボクシング史に輝く13人の世界王者を輩出した「協栄ボクシングジム」。その二代目会長として、亀田興毅を含む亀田一家とタッグを組み、「ボクシング界の品位を下げた」とまで言われた、金平桂一郎さんの記事です。

金平会長は現在、亀田和毅選手のジム大阪・西成「TMKボクシングジム」の雇われ会長としてボクシング界に復帰しています。しかし、凄い写真だ(笑)

2000年代後半は、「亀田騒動」で度々ワイドショーにも取り上げられ、お茶の間を騒がせた金平会長ですが、ボクシング界にカムバック出来て良かった、と後の変貌を見た時につくづく思いました。これだけボクシング界で大きな影響力を持ったお父さんの軌跡の重みを考慮しても。

詳しくは原稿を読んで頂ければと思いますが、22年の冬に支援者と同席の上で、四谷三丁目の赤提灯の店で一杯ひっかけた際は、心の底からそう感じました。「協栄ジム」の会長職を解かれてからは、とても社会復帰出来ると思える状況でなかったで。

必要以上に過去の不祥事や、少しの言動ミスが取り沙汰される昨今において、金平会長は時代への適応に苦しんだ人でもあります。だからこそ、今もボクシングに関わってることは素直に嬉しい。

興行師としての生き方

原稿では知られざる「興行」の裏側や、ボクシングの歴史や、大物チャンピオンとの秘話なども随所に盛り込んでいます。興行師をテーマにした原稿は一度しっかり書いてみたかったので、その第一弾として。
格闘技ファン全般が楽しめるような内容にはなっているかとは思います。

今、集英社のヤングジャンプで迫稔雄先生「げにかすり」というボクシング興行をテーマにした漫画が熱くて、そこにもインスパイアされました(笑)

今はこういったテーマで”旬”ではない人を取り上げて読まれるのは困難なので、出張で大阪に行き、西成探索しながら4本という形で書かせてくれたNumber web編集部には感謝です。(担当編集者はいつもありがとう)。
でも、時代に適応した記事ばかりだと面白くないから、たまにはこういうのもいいかと。そういうテーマ選びの部分にはこだわっていきたいです。

最後におまけ

ちなみに、同じく変化球記事であるこちらの記事は上半期ボクシング部門のベスト1位だったそうで。自社ページで500万PV超えという爆発的な読まれ方をしたようで、良ければそちらも。

しかし、金平会長の人生の起伏は面白い。映像向きだとも思うので、「ノンフィクション」や「街録チャンネル」などの悲哀さを出す媒体とも愛称は良さそうです。ただ、シャイで話しベタで、撮影の時ですらカメラ目線を一切しなかった人なので、そういう意味では活版向きではあるのか・・・・・・。

論より証拠ということで、おまけで取材時の写真も添付しておこうかと。本人にも直接言ってますが、改めて見るとなかなかの悪人面だ(笑)。


その一方で、人間の多面性という意味では興味深い取材対象でもあります。30歳も超えると大なり小なりこれまでの生き方が顔に出ますが、表情と本来の性格と大きな乖離があるのも金平会長の特徴なのかもしれません。

また、この手のボクシング記事は書きたいと。
それでは。

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