宮股武笹 (第三章)
(第三章)
闇にしがみつく陰
○ ○ ○ ○ ○
1 武笹
公園の駐車場には、今夜もハイエースとジムニーが戻って来た。
今も、静かに停車している。
ここは、神社の裏手である。
神社と言ってもここの本殿に、神様はいないのだが。
宮股武笹は長いこと、ここで一族を見守ってきた。
それでも、清浄な空気が漂うとても良い神社である。
だが、今日は違う。
駐車場を中心に、黒い霧が覆っているように感じる。
何か不穏な空気が駐車場全体を包んでいるのだ。
『宮股さん、今日、何か悪いことが起きなければ良いのですが』慰霊碑に引き寄せられた魂、中島正則がハイエースを見ている。
『うむ、嫌な気配だ』
武笹も何か分からない胸騒ぎがしている。
『宮股さん、神社の石段を龍二と悠人君が上がって来ましたよ』
田中龍造がハイエースの後ろを指した。
龍二は龍造の玄孫にあたる。
悠人と龍二の二人は、神社の左手から公園へ回り込んで、ハイエースの後ろの石碑に隠れている。
ハイエースから漏れる会話に耳を澄ませているようだ。
危ないことにならなければよいのだが。
とにかく今は、見守ることしかできない武笹たちである。
しばらく二人は、静かに耳を傾けていたが、やがてその場を離れて暗い石段を下っていった。
○ ○ ○ ○ ○ ○
2 悠人 龍二 翔
翔の家は、二軒の古民家の高い生垣に挟まれた細い私道の奥である。
私道を入っていくと、左右に木の門柱と、大きな石組みがあり、それぞれに枝ぶりのよい楓や松が根付いている。
玄関前までの地面はコンクリートで固めていて、右側の納屋が車庫になっている。
悠人と龍二は小さい頃、まだ土の庭だった。
その頃は、この車庫の前でよく遊んでいた。
神社から駆け戻った二人は、そこで翔を呼び出した。
すぐに翔が降りてきた。
最初に龍二が切り出した。
「翔、駐車場にハイエースとジムニーが停まってたぞ。
ハイエースに男が二人乗っていて、中の話し声が少しだけ聞こえたんだ」
走って来たので息が荒くなっている。
悠人も荒い呼吸を抑えながら続ける。
「ハイエースの二人は、お前を脅しに来た二人で間違いない。そんな話もしてた」
「マジ、それでなんて言ってた?」
「今晩、お前んとこに、強盗に入るって」
「ウソだろ!」
「俺、仲間集めるよ。兄貴にも電話して兄貴の仲間にも来てもらう」
龍二は携帯をポケットから出した。
「警察呼ぶんじゃないのかよ」
悠人がびっくりして声が大きくなる。
「強盗なんて、寝てるところを襲って来るから怖いんだろ。
来るって分かってたら、ビビること無いじゃん。
こっちだって仲間集めて返り討ちにしてやろうぜ。
警察なんか呼んだら、あいつらすぐに逃げちゃうぞ」
龍二は興奮気味に喋っているが、翔は混乱している。
「なに?強盗?なんで?あの二人強盗だったの?」
龍二はもう仲間に電話をかけている。
悠人が説明する。
「ハイエースの中で、喋ってるのが聞こえたんだよ。
お前のおじいさんのお金が目当てだって。
おじいさん、あの森林売ったんだろ?
あいつら、金が入ったことを知ってるんだよ。
ただ、あの二人が強盗するんじゃない、実行班は他にいるみたいだ。
あの二人は、あとから来る実行班に指示を出すみたいだ。お前の家族を殺せって」
それを聞いた瞬間、翔はかっと頭に血が上った。
「ふざけんなっ!こっちがぶっ殺す!」
それに気が付いた龍二が、携帯から耳を離して
「おう!今仲間集めてっからよ!やっちまおうぜ!」
と親指をたてた。
そして携帯に戻ったが、龍二の声のトーンが上がっている。
「こりゃやるしかないな」
悠人も興奮してきた。
「そいつら、いつ来るんだ?」
翔の声が興奮気味に聞いた。
「今日、公園の駐車場に十一時、実行班の乗った白いセレナが着くって」
「セレナ一台か、ここで待つ?駐車場へ攻め込む?」
「やるなら両方で待ち伏せした方が良いんじゃないか?
翔の家に強盗に入るなんて証拠がないからな。
奴らがここに来てからじゃないとこっちが暴行したことになっちまうよ。
それに駐車場も抑えとかないと、あの二人組に逃げられるからな」
「おう、あの二人は絶対捕まえないと」
翔が唇を噛む。
「翔、俺の仲間が五人は、連絡がとれた、兄貴も仲間集めて来てくれるってよ。
今、九時だから十時頃には皆集まるんじゃないかな」
龍二が得意げに言うと、翔は笑顔で
「相手はセレナ一台でしょ?五、六人かな?」
「いいんだよ。強盗犯なんかボコボコにしてやろうぜ」
○ ○ ○ ○ ○ ○
3 悠人 龍二 翔
三人は、再び場所を翔の部屋に移した。
翔の両親は、居間で酒を飲んで上機嫌だ。
庭の畑でアスパラガスと新玉ねぎ、そら豆、新じゃがが採れたそうだ。
「なんだ、龍二たち帰ったんじゃないのか」
もう声がかなり酔っぱらっている。
龍二の呼んだ仲間は、集まり始めている。
皆家が近い、自転車で来た。
龍二の兄貴はバイクで、仲間と駅前のコンビニで待ち合わせだ。
みんな揃ったら連れて来ると連絡があった。
「龍二、十一時になったら駐車場見に行くか。襲ってくるのは、家族が寝静まるころ、一時頃かもう少し遅いくらいかな?」
「俺たちも行くか?」
龍二が呼んだ仲間の一人、誠が聞いた。
「いや、あんな所に大勢で行ったら、すぐ見つかって警戒されちゃうよ」
龍二は、翔のため絶対に失敗したくない。
「こんばんは」下から声が聞こえ龍二の仲間が二人上がって来た。
部屋が狭くなってくる。
龍二の携帯が鳴った。
龍二は携帯に耳をあてて悠人の方を見る。
「兄貴だ、どうする?バイクが六台だって」
「ちょっとコンビニで待機してもらうか。
セレナが家に入って来たらバイクで出口を塞いでもらう。
それで、強盗犯を前後から挟み撃ちにできるし」
「おう、そうだな」
と言い携帯に説明する。
龍二は電話を切ると立ち上がり
「ちょっと兄貴の所に行って来る」
と出て行った。
○ ○ ○ ○ ○ ○
4 洋介
洋介は日曜日の夜、顔を殴られた為、熱を出してまる一日借り物のジムニーで寝込んでいた。
夜は神社、昼間は、近くのスーパーの駐車場が寝場所だ。
今朝ようやく熱が下がり弁当を買って食べた。
顔はまだ痛い。
坊主頭には、「今晩、近くの一般家庭に押し入るから覚悟を決めておけ」の言葉で絶望的な気持ちが枯れ果てた。
自分を隕石に押し潰してほしい、心から願ってしまう。
夜が来るのが怖い。
しかし、無情にも日は傾いていく。
空は暗くなり星が瞬き始め、穏やかな風が吹いている。
洋介はシートを起こし、ジムニーのキーを回す。
心が空っぽに感じる。
洋介の心には、月も星の輝きも無い。
空っぽの人形がジムニーを動かし神社のスロープを上がる。
嫌いなハイエースが停まっている。
このハイエースを見ると胸が痛む。
ハイエースから一番離れた所にジムニーを停める。
日が変わる頃には、見知らぬ仲間が揃うのだろうか。
○ ○ ○ ○ ○ ○
5 武笹
宮股武笹は、停まっているジムニーを見ている。
車全体を暗い霧が覆っているのだ。
なんとか、その霧を取り除いてやれないものか。
何度か試みたが、武笹には手が出なかった。
武笹が神社に来てから初めて見る程の濃い霧だ。
運転席はシートが倒れている。
乗っている人間は、寝込んでいるようだが、苦しそうだ。
田中龍造と中島正則は慰霊碑の上からハイエースを見下ろしていたが、ジムニーの異様な気配も気になるようだ。
『先程、このハイエースの坊主頭があのジムニーの若い男に何か話しかけていたな。
どうも、こいつらと接触する程に霧が濃くなっている』
龍造が正則に言う。
『こいつら掃除の後、翔に何かしてないだろうな』
正則はあの日、こいつらが玄孫の翔を家まで付けて行ったことを思い出し心配になった。
『そうだな、先程龍二と悠人君もこいつらの様子を見に来ていた。
何かいざこざがあったかもしれんな』
龍造は、武笹に近づき
『どうもあの二人は、危険な匂いがする。悠人君も気を付けてあげて下さい』と言ってハイエースの方を見た。
『悠人に何かあれば、其奴ら、決して許さぬ』
と言い、武笹もハイエースを見ている。
その時一台の白い車が、スロープを上がって来た。
白い車は、ハイエースの横に停まった。
白い車には四人の若者が乗っていた。
四人の若者は、乗ってきた車を降りてハイエースの二人の指示を受けているようである。
そして、やはり四人も黒い霧に覆われている。
○ ○ ○ ○ ○ ○
6 洋介
洋介が、ジムニーでシートを倒し目を閉じていると、体格の良いサングラスの男がドアを開けた。
「お前も来い」
と言ってハイエースへ向かう。
重い身体を起こすと、ハイエースの隣に白いセレナが停まっている。
ゆっくりと起き上がり、ハイエースへ向かう。
トランクの開いたハイエースの後ろに五人の男が集まっている。
うち一人が坊主頭で、道具を配る準備をしているようだ。
顔の腫れ上がった洋介がそこへ向かって行くと、気が付いた四人はぎょっとして目を逸らす。
そして、途端に表情が硬くなった。
「おい、俺たちが殴ったんじゃねえからな!勘違いするなよ」
坊主頭が不敵な笑みを浮かべて言う。
皆、益々表情が硬くなった。
「まず、お前らに武器を用意した」
と言ってトランクから武器と目出し帽、手袋を渡していく、日本刀が一本、あとは斧、鉈、包丁二本だ。
洋介は包丁を渡された。
洋介の手に包丁が乗る。
それを見下ろす、洋介の心が再び何も感じない、空っぽの人形に戻る。
「まず、ここで全員準備をしてから出発だ。
押し込む家はガラスの引き戸だ、斧を持ったお前、ガラスを割って鍵を開けろ」
坊主頭が少し間を開けて皆を見回す。
「引き戸が開いたら、お前二階、あとは一階に散らばって、寝込んでる家族五人を全員殺せ」
そこでサングラスの男が口を開く。
「ターゲットの家は狭い路地の突き当たりだ。
もし、どこかに連絡されて出口を塞がれたら、お前ら逃げられなくなるぞ。全員捕まる」
ここでまた坊主頭が口を挟む。
「そうだ、この中に捕まりたい奴いるか?
嫌だろ、捕まりたくなかったら殺せ。
相手は寝てるんだ。簡単だろ」
ここでまたサングラス
「ただし、じいさんだけは殺すなよ。
まず金庫を開けさせろ、言うこと聞かなきゃ痛め付けていい。
金庫が開いたらすぐ殺せ。
最悪、金庫が開かないようならそのまま持って来い」
そして洋介の方を向く。
「お前は、今回は運転手だ。
お前が入って相手に武器を取られたらチームが危なくなるからな。
ターゲットの家は昨日教えたな。
中に入ったら皆を降ろして、車をUターンしておけ。
十分経ったら皆に知らせろ。
入ってから十五分以内に逃げるんだぞ。
いいな皆、合図に注意しとけよ。
遅れたら置いて行くからな」
簡単な説明だけだ。四人はセレナに戻った。
洋介はセレナの運転席に乗った。
一時までもう少しある、また目を瞑る。
○ ○ ○ ○ ○ ○
7 悠人 龍二 翔 浩史 翔の家
翔の部屋には翔、悠人、龍二とその仲間五人、龍二の兄の龍雄、龍雄の仲間浩史の九人がいる。
コンビニに待機している龍雄の仲間が、あと四人いる。
その浩史が、龍二に聞いた。
「何が起きているんだ」
浩史は、仲間のリーダー的な存在で中学生の頃から他校との喧嘩でも負けたことが無い。
龍二は、前日のごみゼロ運動の後、翔がハイエースの二人に脅されたこと、さっき聞いた奴らの計画のことを話した。
「十一時には実行班のセレナが着くから、悠人と駐車場の様子を見に行きます。
相手の人数とか武器も見てきますよ」
と言って悠人を見た。
言われた悠人は時計を見る。
「あ、そうだもうとっくに十一時回っているな。
龍二、行こう」
「まて、俺も行く。龍雄、お前何か障害物並べて、セレナが入ってきたらUターンできないようにしとけよ。
あとコンビニで待機してる連中に連絡とっとけよ。
誰かこの通りが見える所まで来て、セレナが来たらすぐ皆に連絡して後ろを塞げって」
浩史は龍雄に指示をして悠人たちと神社へ向かった。
○ ○ ○ ○ ○ ○
8 悠人 龍二 浩史 駐車場
悠人たちは、神社の石段を上がり左側の境内社の方から公園越しに駐車場を見ている。
ハイエースの横には、すでにセレナが停まっている。
人数は七人、手に武器を持っている。
五人は、こちらに背中を向けてハイエースの荷台の方を見ている。
二人はこちらに身体を向けているが、その目は五人を見に向けているようだ。
「近づくと見つかるぞ」
浩史が、公園のフェンス越えようとする龍二を止めた。
「龍二、こっち見てなくても視界に入れば見つかるぞ。
神社は照明が無いけど、公園は照明で明るいからな」
悠人が木の影から龍二の身体を引っ張る。
「日本刀持ってる奴いるぞ」
龍二も木の影に隠れた。
「一回戻ろう、作戦練らないとあいつらマジでやばい」
浩史が言うと龍二も「やばい、こいつらマジやばい」
三人は一旦戻ることにした。
龍二は石段を下りるときも、焦って何度も足を踏み外しそうになる。
「おい、落ち着けよ、危ないぞ」
浩史は龍二の肩を押さえて落ち着かせる。
静かにできるだけゆっくり安全に降りてゆく。
一時まであと四十分。
○ ○ ○ ○ ○ ○
9 洋介
洋介たちがセレナに乗り込んで、しばらくすると、ハイエースが、駐車場から出て行った。
しばらくすると、黒いベンツがスロープを上がって来た。
左右の窓が開き、中の男たちが周りを見回しセレナに近づいた。
助手席の男が顔を出し声を掛ける。
「おい、おい起きろ!」
洋介が起き上がらないので、ベンツの助手席から男が降りて来た。
「おい、川崎と村田はどうした?」
洋介はびっくりして起きた。
「知りません。僕ら休んでただけです。もう出ます」
「びびるな!俺たちは仲間だ。ハイエースに乗ってた二人はどうした?」
ベンツの後部座席の窓が開き、白髪で優しそうな老人がこっちを見ながら携帯を耳に当てて何かを話している。
洋介が「もう出て行きました」
男「どこに行った。」
洋介「終わったら酒々井のPAで落ち合う予定ですけど」
すると男は「しょうがねえな、お前ら押し込みに入ったら日本刀を探せよ」
「はい?」洋介は、土曜日に骨董好きの老人が、骨董店で買った刀剣のことだろうと思ったが、とぼけた。
「そこのじいさんが土曜日に買った日本刀があるはずだ、それを探して持ってこいと言っているんだ」
洋介のうしろの男が
「知らねえよ。俺たちは家族全員殺して、金庫の金を取って来るように言われてるんだ。」
その時ベンツの後ろの窓から白髪の老人が
「もういいですよ、川崎に戻るように言いましたから」
と男に言った。
○ ○ ○ ○ ○ ○
10 悠人 龍二 翔 浩史
悠人たちは、翔の家に戻った。
翔の家では、門を入ってすぐ車1台分のスペースを開けて、その周りを納屋にあったロッカーや農具入れで囲ってあった。
武器になりそうな、野球のバットや農具、畑の囲いをつくる時に地面に打ち込む鉄のパイプなどが用意されている。
龍雄が「セレナが入ったら挟み撃ちにしてぶっとばしてやる」と意気込んでいる。
「あいつらマジで殺すつもりだぞ。日本刀とか包丁用意してたよ」
龍二が肩で息をしながら言った。
「マジかよ」龍二の仲間がざわつく。
それを見た龍雄か、「大丈夫だ。心配するな」悠人も「そうだよ。翔を守るんだろ」と龍二の背中を叩いた。
すると浩史が「おう、コンビニで待機してる連中はどうした?」
「連絡したよ、賢治が近くで見張ってる。呼べばすぐ来るよ。コンビニから一分でつくだろ」龍雄が言った。
「あいつら刃物持ってるから気をつけろよ、必ず不意打ちか、後ろから攻撃しろって言っておけよ」
「駐車場のハイエースの二人も逃がさないように何人か行って欲しいんですけど」
悠人が言った。
「日本刀たぞ。警察呼んだ方がいいんじゃないか」
龍二は日本刀を見てから様子がおかしい。
「龍二、お前駐車場の二人を捕まえる方行けよ。
龍雄と、仲間あと二人選べ。
相手は二人だ、四人いれば大丈夫だろ?」
浩史が言った。
龍雄が龍二に向かって
「お前どうしたんだよ、ビビっちまったのか?」
と言うと、龍二は再び「日本刀だぞ、日本刀、やばいだろ」
「あいつらは寝てる人間を上から刺す気なんだよ。戦う気なんかない。」龍雄が言った。
浩史が「待ち伏せして、不意打ちを狙ってるのはこっちだ。人数も多いし、こっちの方が有利なんだよ。」と言うと龍二は、少し落ち着いた。
すると悠人が「駐車場の方にも何人か回して下さい。翔を脅した奴らを捕まえないと問題は解決しないんです。」と言って翔を見た。
「そうだな、じゃ龍雄、龍二連れて駐車場を頼む。龍二、あと二人選べ。相手が二人なら、四人いればいけるな。」
「そうっすね。じゃ、悠人と誠にします」
誠は龍二が呼んだ五人のうちの一人で浩史も良く知っている。
浩史は、「悠人は大丈夫か」というと「悠人は子供の頃から剣道やってたから強いっすよ」と龍二が言った。
「そうか、じゃもう武器持って出発した方がいいな。
セレナが出発したらすぐ飛び出して抑えちまえよ。
うまくいったら俺に連絡しろよ」
○ ○ ○ ○ ○ ○
11 武笹
白い車から降りた四人は、ハイエースの後ろで坊主頭の男に説明を受けているようだ。
ハイエースから体格の良いサングラスの男も出てきて、ジムニーの男に声をかけた。
声を掛けられたジムニーの男が、ハイエースの後ろに来ると、坊主頭はトランクから武器を出して配り始めた。
武笹は、『こいつら、物騒なものを持ち出したな、何をする気だ』
というと中島が
『あそこに悠人君たちがまた様子見に来てますよ』
武笹たちが神社の方を見ると、今度はフェンスの向こう側で木に隠れてこちらを伺っている。
『来てはならぬ!』思わず武笹は叫んだ。
もちろん聞こえていない。
しかし、近づけないと感じたのか、三人はすぐに引き返した。
坊主頭の説明が終わると、ジムニーの男は今度は白い車に乗った。
そして他の四人も白い車に戻った。
しばらくするとハイエースがスロープを下りていった。
ハイエースがいなくなると、代わりに真っ黒な霧を纏った、黒い大きな高級車が上がって来た。
高級車は、白い車のそばに寄る。
その車の助手席の男が降りて白い車に向かう。
高級車の後ろ黒い窓が下がる、そこに現れた顔を見て武笹は驚いた。
見覚えのある顔だ。
『嘘だ!なんでお前が!』
その顔が武笹の顔を見てニヤリと笑った。
いや、それは人間の顔では無い。
佐倉藩から共に脱藩をし上野寛永寺へ向かった同士「鷹山寅之助」の顔がそこにあった。
しかし、懐かしいはずのその顔は、この世のものではない。
それは人の皮を被った、いや違う、人の身体に乗り移っている化け物である。
やさしい顔の白髪の老人。
この老人は思考も寅之助に乗り移られているのだろうか。
『おお、久しいの、武笹、元気そうだな』
寅之助が武笹に向かって言った。
『貴様、なぜ生者に乗り移っておる。』
武笹が低い声でいうと、寅之助は
『そんなこと、決まっている。
こいつを操って人を殺させるのだ。
こいつも牢に落ちて、死ぬまでもがき苦しむがいい。
私の家族のように』
寅之助の顔は歪んでいる。
暗い怒りの顔が、笑っているようにも、泣いているようにもみえる。
『何をたわけたことを。その老人は何者だ?
なぜ、己が目的のために、無関係な者を殺めねばならんのだ』
武笹には、信じられない。
あの謹厳実直な寅之助が、なぜこんな邪悪な顔に変わってしまったのか。
『こいつは、佐倉藩、牢屋奉行をしていた男の血筋の者だ。
お前の親類縁者も脱藩の後、獄へ幽閉されたであろう。
佐倉藩は廃藩置県の嵐の中、藩存続をかけ、新政府への恭順のしるしに、反抗した者の血縁すべてを捕らえた。
捕まった者は、こいつの怠慢で劣悪になった獄中の有様に苦しみ、病にかかって死んでいった。
私の家内は横になる場所も無く、始終正座をさせられ膝を壊した。
そして光の入らぬ牢で目が見えなくなり、精神が壊れ死んだ』
寅之助は泣いている。
『たとえ天地がひっくり返ろうとも、決して許しはせぬ』
真っ黒い霧が燃え上がるように揺れている。
