イメージを共有する
普通はその人にとって違います。
でもイメージとしてあります。
橘ももさんの『恋じゃなくても』を読みました。
『『幸せなんて姿かたちの見えないものに、普通なんて概念をあてはめるほうが間違っていると思いませんか。その店の味を求めて入ったラーメン屋ですら、麺の硬さや油の量を選ばされるんですよ?』
「でも、なんとなくイメージとしてありませんか。ラーメンだって、だいたいこういうおいしさ、みたいなものを誰もが共有しているじゃないですか」
「共有できていると思っていることが間違いなんですよ。その人が本当はどういう味わい方をしているのか、なにをもっておいしいと言っているのか、誰にもわからないんだから。同じ店のラーメンが好きだからといって、イメージが同じとは限りませんよ」
「でも……」』
イメージを共有できている、と思うのは違うのかもしれません。
それぞれのイメージがあって、誰ともわかりあえていない。
共有はしていないのです。
