エッセイ | クロノ・トリガー
「何かおもしろいゲームないの?」
弊息子にそう問われ、散々考え悩み抜いた結果、流行りとかそういうの全部無視してクロノ・トリガーを提案した。
(ここからはサントラを聴きながらお楽しみください)
ハマった息子と、ハマったパパでひたすらやり込む日々(スマホ版が1600円で買えた)。
ゴンザレスと戦ったあと食べたお弁当が有罪の決め手になるとは思わなかったし、サイラスだと思ってたカエルが付き人に過ぎなかった(ただ、剣の腕は当時からサイラスより強かったという描写があった)。
サラを助けるために魔王が頑張ること、その魔王を強いからと仲間にするときのカエルの気持ち、ビネガーの良き雑魚ボス感、中世のわずかな変化が現代に大きな影響を与えてるバタフライエフェクト。ずーっとずーっと楽しい(し、楽しんでいる)。
クロノトリガーのおもしろさはぜひみんなに買ってやってもらいたいんですが、ちょっとだけここからは悲しかった話を。
ぼくがクロノトリガーを初めてやったのは小学6年生。頭をずーっと使って、発想を生み出して、謎を解いて、それでもよくわからなくて、ストーリーも決して全部わかったわけじゃないけど、なんか感動してた。永遠にゴールがない世界。少しずつやらなくなることはあっても、この世界は現実の世界となにも大きさが変わらない世界だった。
でも、大人になってやると、わかってしまった。このクロノトリガーというものの大きさが。わかるものになってしまった。
もちろんゲームとしての素晴らしさはあるんだけど、「ゲームとしての素晴らしさ」とか言っちゃってることから明らか。現実世界と同じ大きさを持った世界があるわけではなかった。寂しい。
ストーリーも全部理解できてしまって、子どもの頃感じてた「自分にはわからない世界があるんだ」って感覚がなくなってしまっていた。「自分にはわからないけど、わかる人たちが世界をつくってるんだ。いつかそっちにいきたいな」がなくなってしまった。つらい。世界が一つ消えたような感覚。まだぼくの中にあったのに。
息子がやたらと「わからないけどおもしろい」って言ってる。いま彼の中には「わからない世界」が広がってるのかと思うと少し羨ましい。
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