「好かれること」が、生きる理由になっていた
最近、自分が少し変わった気がする。
前までは、誰かの言葉ひとつで一日中気持ちが沈んだり、返信が来ないだけで自分の価値まで下がったように感じたりしていた。
もし今、あなたも同じように感じているなら、先に伝えたいことがある。
**それは、あなたが弱いからじゃない。**
心理学ではこれを「他人軸」と呼ぶ。自分の機嫌や自己評価の基準が、自分の外側――相手の反応や態度――に置かれている状態のこと。
誰かに好かれていることが、そのまま自分の安心になる。
逆に言えば、誰かに好かれていないかもしれない、という不安が、そのまま自分の存在を脅かす。
これは、愛着理論でいう「不安型愛着」の傾向とも重なる。小さい頃、愛情や関心が一定でなかったり、条件つきだったりすると、「ちゃんとしていないと愛されない」という感覚が根っこに残ることがある。だから大人になっても、誰かの機嫌や態度に、自分の心が引っ張られてしまう。
これは性格の欠陥じゃない。生き延びるために身につけた、ひとつの戦略だった。
## 何も起きていないのに、変わり始めたこと
でも最近は、少しだけ違う。
髪を整えたいと思ったり、本を読んだり、何かを作ったり、仕事のことを考えたりする。
そういう時間が、前よりちゃんと「自分のための時間」になってきた。
誰かのために可愛くなりたいんじゃなくて、自分がそうありたいから。
誰かに褒められるためじゃなくて、自分の世界を広げたいから。
これは心理学でいう「自己分化(self-differentiation)」が進んでいく過程に近い。他人の感情や評価と、自分自身の感情を、少しずつ切り離せるようになっていくこと。
相手がどう思うかと、自分がどう感じるかは、本来別のもの。
でも他人軸で生きていると、この二つが溶けて、区別がつかなくなる。
その境界線が、少しずつ戻ってくる感覚。それが今、起きているのかもしれない。
## それでも、誰かを好きになっていい
もちろん今でも、誰かのことを好きになるし、会える日を楽しみにしたり、言葉ひとつで嬉しくなったりもする。
自分軸で生きるというのは、誰も好きにならないことでも、感情を閉ざすことでもない。
誰かを大切に思う気持ちはそのままに、
**その人だけが、自分の世界の全部じゃなくていい**と思えるようになること。
好きな人がいる日も、いない日も、
誰かに大切にされる日も、少し寂しい日も、
自分の生活を続けていく。
これができるようになると、恋愛や人間関係そのものが変わる。
「不安だから確認したい」ではなく、「大切だから大事にしたい」に変わっていく。
## 「幸せにしてほしい」から「幸せになれる人でいたい」へ
前は「幸せにしてほしい」と思っていた。
今は少しだけ、
「自分で幸せになれる人になりたい」と思っている。
そのために、かわいい服を着たり、本を読んだり、働いたり、好きなものを増やしたりする。
どれもすごく小さいことだけど、
もしかしたらこういうもの全部が、幸せになる準備なのかもしれない。
もし今、誰かの反応に一喜一憂して疲れているなら。
返信ひとつで、自分の価値まで揺らいでしまうなら。
焦らなくていい。今日から全部変えなくていい。
まずは、誰にも見せない時間を、少しだけ自分のために使ってみること。
本を一冊読む。髪を整える。好きなものをひとつ増やす。
それが、他人の評価とは関係なく、自分の中に立つ足場になっていく。
## まだ途中でいい
まだ途中だし、たぶんこれからも何度も戻ったり、迷ったりする。
それでいい。自己分化は一直線に進むものじゃない。調子のいい日もあれば、また誰かの言葉に振り回されそうになる日もある。それでも、少しずつ、自分の人生を自分で歩いている感覚が積み重なっていく。
それでも、前より少しだけ自分の人生を自分で歩いている感じがする。
その変化を、今はちゃんと大事にしたい。
もしあなたも、その途中にいるなら。
一緒に、少しずつでいいから、自分の足で歩いていけたらと思う。
