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「伊勢崎市×あらゐけいいち『CITY』コラボ」ルポ②:キャラクターパネル(その2)

https://www.city.isesaki.lg.jp/soshiki/kikakubu/kikaku/machi/20466.html

「伊勢崎市×CITY」コラボイベントを求めて、群馬県に行ってきました(2025/12/10-11)。

以下、伊勢崎市にて撮影したキャラクターパネル展示施設の写真および備忘録になります。
※店内の写真は事前に撮影許可をいただいておりますが、問題があればご連絡ください。速やかに対処いたします。

前回の記事はこちら

昨年の『日常』コラボ記事




キャラクターパネル/ARスポット

5. 赤堀歴史民俗資料館

キャラクターパネルは南雲とみみねこ。みみねこが注いでいる酒は「吟醸酒伊勢崎」。

南雲の衣装は…「上毛かるた」でも読まれている新田義貞かな?と思ったのですがどうでしょう。甲冑のカラーリングは似ていますが、自分の鑑識眼では特定できず。この資料館でも何体か展示されていた人型(武人)埴輪がモチーフなのかも。

1F廊下に貼ってあるCITYコラボポスター一覧。前回の『日常』コラボ時には、もっとキャラクター別ポスターが各所に貼られていた記憶があるのですが、今回は結構絞られています。左上の全キャラ集合ポスターは各スポットや提携しているお店に貼られていますが、キャラ別ポスターはあまり見かけずでした。

ポスターが一気に見られる場は、他にも伊勢崎めいじ館、田島弥平旧宅案内所があります。ただ、この二箇所は置き場の都合上、直射日光が当たって反射してしまうので、きれいに撮影するならここ一択だと思います。

南雲ポスター背景に映る鶏型埴輪、家型埴輪も展示。鶏型埴輪は『日常』コラボにて阪本さんの頭に乗っかっていたので、印象に残っていました。今回実物を見られて良かったです。

顔や羽の紋様はデフォルメされているのに対して、脚がやたらと写実的という歪さが、この埴輪の造形を味わい深いものにしていると思います。

馬型埴輪はお尻の穴がキュート。

今回の伊勢崎旅行で、あらゐ先生要素抜きだと一番楽しめたのがこの人型埴輪だったかもしれません。一ミリも興味のなかった分野だったのですが、ここでの展示と、「買い物ラリー」で指定されていた「相川考古館」でのレクチャーを経て、埴輪を見る目がちょっと変わりました。

レクチャーの内容は次のような感じ。

 我々は歴史の教科書で埴輪を当然のように見ているので、その凄さ・珍しさをスルーしてしまう。しかし、一般的に埴輪と聞いて想像される人型埴輪は、実は関西での出土例が少ない。当時の文化の中心地で造られたのは、器のような円形埴輪がほとんどだった。
 これは何故か。埴輪とは古墳の周囲に並べるものであるが、関西では仏教伝来によって早い段階で寺院が古墳に取って代わった。そのため、埴輪の芸術は円熟する前に廃れてしまった。
 一方で関西から距離のある群馬は、仏教の浸透にタイムラグがあった。ゆえに、古墳が廃れるまでにもタイムラグがあり、その間に複雑な造型の埴輪が誕生した(という説が有力である)。結果、人型埴輪がもっとも出土するのが、ここ群馬の土地となった。
 こうした大量の埴輪の出土は、埴輪を作るように命じる経済的支援者、財を持つ権力者が大勢いたことを意味している。埴輪の存在は、それだけ当時の群馬が栄えていたことを意味している。

人型埴輪はオルタナティブだった。仏像というメインカルチャーに対する、芸術のもう一つの可能性だった。そして、芸術家には経済的支援が欠かせない。過去の芸術の繁栄を知ることは、人の繁栄をはかる指標となるのだ。

これ単体でnoteにまとめられる示唆に富んだ内容だったので閑話休題としますが、「人型埴輪」に「任意のサブカルチャー作品」を入れることで、埴輪と現代文化を関連づけることができると思います。


2Fでは20世紀前半の人々の暮らし、養蚕業の紹介と、近辺の小学校(赤堀小学校)の埴輪作り体験が特集されていました。

閑話休題すると言いつつ、もう一度横道に逸れると、展示されていた小学生の手書きレポートのなかの、二頭身の埴輪に『鬼滅の刃』の上弦の鬼たちの顔を描いた絵が、素朴な魅力に溢れていて微笑ましかったです。

学校の課題として描く埴輪に、好きなものを掛け合わせる。大人になるとつい「引き算」を意識してしまいますが、創作活動は常にこうした「足し算」精神でありたいものです。



6. 境赤レンガ倉庫

キャラクターパネルはえっちゃん。手に持っているのは伊勢崎名物の焼きまんじゅう。昨年から引き続きの採用となります。

特別展の期間外での訪問だったため、入り口付近のパネル展示以外の置物はなしでした。昨年あらゐ先生が来訪された際に提供・展示されていた直筆サイン色紙も今はしまわれている模様。



7. 田島弥平旧宅案内所

今回のキャラクターパネル展示で一番の難所。イベントを実施している中心地(伊勢崎東武線の伊勢崎駅・境駅)から距離があるので、タクシーを使用しました。

キャラクターパネルはまつり。えっちゃんと同じく焼きまんじゅうを手に持っています。

入り口にてコラボポスター全種とキャラクターパネルがお出迎えしてくれました。

入口では来場記念の手製しおりがお土産としてもらえます。鎮座しているくわまるがかわいい。

田島弥平旧宅にも飾られている「遠山近水村舎」の揮毫。弥平の父の田島弥兵衛が学問を志して、歴史家・頼山陽の下に赴いたときの高名な演説に由来。「遠く(吉野)にある桜花は私を拒まなかったのに、どうして近くの人(頼山陽)は拒むのか=門下生に入れてほしい」という意味とのこと。

もっとも、田島弥平旧宅のガイドの方が上記の逸話をひとしきり説明した後、「まあ真偽は分からないけれどね、本当に弥兵衛がこんな逸話を遺していたかなんて。二百年も前の話なんだし」とぶっちゃけていたのが印象的でした。

その他、田島弥平旧宅に備え付けられている立派な鳥居も、「なんで在るのか明確な理由がわからない」(寄贈してくれた愛知の土地との接点がわからない、養蚕業で利益をもたらすのも鳥居を備え付けた後の話)だそうです。

「わかること」と「わからないこと」、「人の記憶」と「歴史」との境界線が見えるようだったのが、面白かったです。

田島弥平の興した「島村勧業会社」の資料。蚕の背景に日章旗のデザインがかっこいい。

「田島弥平旧宅は観光地化を目指しているのではない、今ある田園風景のなかに、日常的な景色として昔ながらの建物が残っている状態を保存したい」と語られているのも印象的でした。

旧宅と言いつつ、現在でも子孫の方が建物に住まわれているのも、おそらくこの考え方に起因しているのでしょう。

「今」のなかに「昔」が融けこんでいて、「昔」と地続きの場所に「今」がある。

至極当たり前のことを書いているようですが、「今」と「昔」の接点が失われ分断された(ように見える)土地で普段暮らしているからこそ、こうした時間感覚を思い起こさせてくれた群馬への紀行は、大変意義深いものであったように思います。


華蔵寺公園スタンプラリー・お買い物ラリー編に続く。

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