身体が拡がって、道具と一体化したその中にいた話し
神代植物園〜深大寺〜蕎麦
角大師のお札と御守を買った
玄関には大原の角大師の紙札
リビングには深大寺の木札
何故か角大師が好き…
以前何回か入った蕎麦屋さんがやっていなくて、
前まではいつも満員で賑やかだったのに、
嘘みたいにひっそり扉がしまっている。
でも閉店ではなく不定休ながら
営業はしているらしい。
食べ物は何でも美味しくて、
古いけれど歴史を感じる建物が、
ずっとあの界隈を見てきた証人のような
佇まいで素敵。
何より賑わっていた頃のあの雰囲気。
ワクワクして何故か郷愁も誘う、
実は尊いものだったんだな…と思い出す。
そうゆう類の、そこにある時は気づかず、
なくなってから輪郭がはっきりする地の存在。
残って欲しいな。
内情をまるで知らない
客の勝手な言い分なのだけど。
帰りに裏の参道でミニ盆栽と悩んだ末に、
小さい多肉達を購入。
おじさんが丁寧に1つずつ紙に包んでくれて
嬉しかった。丁寧な所作はかっこいい。
神代植物公園を回ってから深大寺に参って、
そば饅頭などを食べ歩きしつつ
また植物園を通って駐車場へ戻った。
梅がほぼ満開。
桜もかわいいけど梅もかわいい。
薔薇園は一帯が春の芽吹きに向かって
力を溜めている感じ。
花のない棘の茎だけなのに原産?に頷く。
なんだろな、
棘とか茎がイギリスっぽかったり
日本ぽかったりしていた。おもろ。
街も道もゆったりしていて調布ってなんかいい。
運転も快適そうだった。
自治体の財政と関係しているのだとしたら、
やっぱりお金って大事だなと思う。
もちろんそれだけじゃないだろうけど。
もう一つ気づいたこと。
我が家は車を所有してなくて、
義実家の車を遊びがてら借りに行くか
(丁度良い距離感を保つのに一役かって
くれている@マーチくんいつもありがと)
カーシェアで近くに待機している車
(どの車種なるかは空き状況で変わる)
なのだけど、この連休は前者。
連休最終日はおかあさんの誕生会だったのでした。
誕生日絡みで毎年行っている
美味しいイタリアンで、ランチコースを。
夫はすかさず毎回ニョッキ、
義母はカルボナーラ率高め、
今回休みの息子はピザ率高め、
そして私は密かに毎回違うパスタにする
と決めている。
今回はトリッパのクリームパスタにした。
トリッパが好きなのです。臓物好き…
コロナの頃は前菜の量が
信じられないくらい多くて、
あれは色々な事情が加味された量だったんだな
と思う。今だって多めだけどまぁ適量。
昔も今も、前菜もメインもデザートも、
全部美味しかった。満足。
で、何に気づいたかと言うと。
同じ車でも運転する人によって走りの太さが
違うのだ。夫が運転すると力強く太くて、
義母が運転するともっと緩やかで
たおやかに感じる。
もっとも、速度も違うのだけれど。
それでも。
何かが微かにだけど全然違う。
それで運転手本人にも聞いてみたら、
他の車より実家の車は走りやすいとのこと。
あぁ、これが一体化なんだなと納得した。
車の端から端までがその人になっている感覚。
それで、重心が全部を含んだ中心に置かれている。
上手く道具を使うってこうゆうことなんだろうな
と思った。
身体が拡がって、道具と一体化したその中にいた。
今気づいたけれど小型車だから余計に感じられたのだと思う。アルファードとかだったらわからないな、たぶん。なるほどな…
帰りにいつもの温泉に寄って帰宅
子供は自宅だか図書館だかでテスト勉強をしていた。…はず(笑)
諸々お土産を渡す。
何をやるべきかは自分で気づいて、頑張ってねと思う。
