今日あった「とんでもない話」をしよう
熊野市駅前の駄菓子屋「わがらん屋」の店先のベンチに座って、夕暮れ空を眺めているときのことだった。
チャリンと音が鳴り、直後に小学生男子の「あっ」という声が響いた。どうやらお金を落としてしまったらしい。そして不幸にも、目の前にでんと佇むコインロッカーの下へと吸い込まれていったようだ。
少年はすかさずその隙間をのぞき込む。「無いなぁ」「無いなぁ」とつぶやきながら前後進を繰り返す。やがて諦めたようにぱっと立ち上がると、一瞬ちらりと僕のほうを見てから店内へと入っていった。
悪いな、少年。あいにくだが僕には何にもしてやれない。良い人はもうやめるとあの日心に強く誓ったのだ。子供とて例外ではない。大人げないと思われても結構。冷たい人間だと存分に罵倒してくれたっていい。
そんなことをぼんやり考えていると、少年が店主を引き連れて戻ってきた。二人で懸命に探し始めるものの、なお見つからない。少年は「もういいです。大丈夫です」と店主に力なく告げる。
何だこのハートブレイク極まる茶番は。
孔明の罠か?
だがここで動じるわけにはいかない。良い人はもうやめると決めたのだから。
その直後、我々は驚きの光景を目の当たりにする。
「どうしたの?お金落としちゃったの?」
なんと彼はその少年の元へと自ら近付いていき、白々しくもそう尋ねたのだ。それからスマホの懐中電灯機能をオンにしてコインロッカーの隙間を覗き込み始めた。
鮮やかなまでの手のひら返し。それまでのモノローグはこのためのフリでしかなかったと思わせるには十分すぎるほどに。
やがて彼は端の方に鈍く光る「それ」を見つけた。心躍る思いで無我夢中で引っ張り出すと「あったよ!10円!」と少年のような笑みを浮かべて、その少年にさっと差し出した。
少年は律義に「ありがとうございます」と言ってから再び店内に入っていった。
彼の手のひらは引くほど真っ黒になっていた。それを見てすぐに「しまった、またやっちまった。なにやってんだ俺は」と我に返った、と後に語っている。
さて、本題はここからだ。
その少年は帰り際、再び僕に向かって「さっきはありがとね~」と言った。それに対する僕の答えは「とんでもないです」だった。まったく、とんでもないのは僕の方である。
他にもっと返す言葉はたくさんあったろうに。自分のコミュ力の無さを心底恨んだ。人間関係のリハビリはまだまだこれからも続く。
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