史実上における陰陽師の職掌〜方位神編1〜
こんばんは。KUMANOです。
今回は陰陽師のお仕事について、更に深掘りしていこうと思います。
パパっと本編を読みたい方は『具注暦』からどうぞ!!
🐦⬛はじめに🐦⬛
私が現在ザカザカと執筆している物語「-契-」では、
現在平安時代編に突入しており、
安倍晴明、賀茂保憲、そして保憲の長男、光栄がメインになって色々頑張っています。
積極的に宣伝していくぅ!!
(創作大賞落ちました〜残念😭)
なお、毎回申し上げている通り、
史実に基づいたストーリー構成をしているため、
かっこいい呪術合戦はやらないし式神はもちろん、出てきません。
あくまで国家公務員としての陰陽師の姿を描いています。
で、以前陰陽師のお仕事内容をざっくりとご説明しましたが、
平安当時の陰陽師が担った
「陰陽(占い)」「天文」「漏刻」「暦」の内
「暦」について、今回はちょっと詳しく解説していこうかと思います。
🐦⬛具注暦🐦⬛
平安時代、
貴族たちは朝起床すると、まず『具注暦』と呼ばれる、
現代でいうカレンダーを必ず確認していました。
なんでわざわざカレンダーを確認するねん。
というと……、
その日の吉凶が事細かく記載されていたからです。
『具注暦』は陰陽寮の暦博士が毎年11月1日までに作成し、天皇に奏上していました。
そして出来上がった具注暦を別の人が頑張って書写し、
最終的に貴族たちへ頒布されます。
(当時は印刷技術なんてないので、全部手書きによる書写、
しかも場合によっては、貴族のワガママ……ではなく、
貴族が指定したフォントで書写しなければならなかったため、
書写を担った方はさぞ大変だったことでしょう……。
なお道長君の日記であり国宝にも指定されている
『御堂関白記』は、他でもない『具注暦』に記されています。
『具注暦』は貴族たちの日記帳という役割も果たしていたのです。)
で、そんな具注暦にはどのようなことが記載されていたのかというと
(2025年で例えてみると……)
その年の干支 乙巳
歳徳神の所在地 申酉の間 (西南西やや西)
太歳神の所在地 巳の方 (南南東)
大将軍の所在地 卯の方 (東)
大陰神の所在地 卯の方 (東)
歳刑神の所在地 申の方 (西南西)
歳破神の所在地 亥の方 (北北西)
歳殺神の所在地 辰の方 (東南東)
黄幡神の所在地 丑の方 (北北東)
豹尾神の所在地 未の方 (南南西)
二十四節気
各凶日
他にも色々とありますが難解すぎるので以下略。
そして最後に、具注暦を作成した陰陽師の名前が記されます。
今回はこの「〜神」について、お話していきます。
これであなたもレッツ! 陰陽寮暦部門の学生だぜ!
🐦⬛恵方巻きの吉報位=歳徳神🐦⬛
節分と一緒に食べることが毎年の恒例行事となっている
「恵方巻き」
よくテレビやネットなどで、
「今年の吉報位はこの方角でっせ!!」
という特集が組まれていますよね。
でもこの吉報位って一体誰が決めてんじゃい。って、
思ったことありません?
私は陰陽師の実情を知るまで興味すらありませんでした。笑
そもそも恵方巻きがあんまり得意じゃない……😇
話がそれましたが
この吉報位の大元となっているのが、
「歳徳神」
という女神様がいらっしゃる方角になるのです。

賀茂在方撰、『暦林問答集』によれば
「総じて陰陽に従って事を行う場合、徳にかなうことを善とする」という。
歳徳の方位は一年間徳のある方位であり、みな(年の)十干の徳(を根拠とする)が、5つは陽徳――甲・丙・戊・庚・壬――であり、5つは陰徳――乙・丁・己・辛・癸――である。つまり甲(年)の歳徳は東宮・甲の方位にあり、丙(年)の歳徳は南宮・丙の方位にあり、戊(年)の歳徳は中宮・戊の方位――中宮は丙の方位にある――にあり、庚(年)の歳徳は西宮・庚の方位にあり、壬(年)の歳徳は北宮・壬の方位にある。これらの5つの(年)干の歳徳は、それぞれ陽徳なので、その方位にある。
スーパーざっくりと要約すると
「歳徳神がいらっしゃる方角は何をやるにも超お得!!」
「その年の干支で、十干が甲・己の時は寅卯の方(東北東やや東)にいるぜ!」
「庚・乙の時は申酉の方(西南西やや西)にいるぜ!!」
「丙・辛・戊・癸の時は巳午の方(南南東やや南)にいるぜ!!」
「壬・丁の時は亥子の方(北北西やや北)にいるぜ!!」
……ということです。

上記に2025年を当てはめると、
2025年は乙巳、十干が乙なので、
申酉の方(西南西やや西)。
しっかりと法則に則って移動してらしたんですね。
と、
ここまでが歳徳神についての説明でした。
次回以降は歳徳神より下の神様。
まとめて『八将神』という、
なんかかっこいい総称がついた
神様たちについてお話しています。
では次回
以下参考文献
