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友達って何人必要?

友達って少なくていいとはよく聞くけれど、何人いればいいのだろうか。

人生の折り返し地点を過ぎ、無駄な人間関係は断捨離すべきとよく言われる。
確かに時間も有限なので、有意義でない人間関係は切るべきとやらはわかる。あの人は愚痴が多いから、マウントしてきて疲れるから、すぐそれいくら?と聞いてきてウザいから‥とどんどん距離を置いていき、相手からの断捨離もあり、気がつけばほとんど友達も居なくなった。もしもの時に連絡して欲しいリストを7、8年前に作り、当時5、6人いた友達たちも3人だけになった(そのうち1人も、怪しくなってきている)。砂時計の砂が突然ドッサリと落ちるように、あっという間にいなくなるものなのだな。いつまでも周りに友達はいる!なんて思うのは自分だけの幻想だ。

年賀状を来た人だけに出すとしたのが大きい。また喪中などを挟むとそれは顕著に減っていく。喪中ハガキを事前に出してもだ。昔は好きだった手書きの葉書も段々と億劫になってゆく。

話を友達について戻そう。
でも少しだけ思うことがある。ジャンルによって友達を使い分ける。相手をモノのように取り扱うような響きだが、もちろんそうではなく、多面的な興味によって話す人を変える。子育て、介護、映画、本、ラジオなど。もちろん全て網羅している人物がいれば最高だけど、そんなオロナインみたいな万能な人物はいない。ここは合うけど、ここは合わないみたいなのは普通にある。

学生時代 消化不良の物足りなさ

学生時代の友達は趣味が合わなかったけど、出席番号が近いだけで仲良くなっていた。でも共通の話題も授業やらゼミやら学校の中だけなので、卒業してしまえばそれきり。そんなものだ。それを続けようと頑張っていた時もあったけど、そもそも感性が違うのだから趣味の話も盛り上がらず、全くラリーも続かなかった。卒業してから何年かぶりに結婚後の彼女宅まで遊びに行ったけど、30分でネタが尽きた。結局、自分の話よりも第三者の話で盛り上がるのが好きな子だったので、共通な知り合いがいないと成立しなかった。自分の話をしてもあまり共感もせず、相手も自分のことはあまり話さないので会話の深みがなかった。
相手はそれで満足みたいだったけど、それに気づいてしまった自分はどこが消化不良みたいな、物足りなさを感じたのを覚えている。


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