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3年無在庫をやっても、違和感は消えなかった


無在庫に違和感があるなら、その感覚は軽く見ない方がいい

ここで言う違和感は、
「思ったより稼げない」とか
「作業が面倒」とか、
そういう単純な話ではない。

もっと説明しづらい、でも無視しにくい違和感だ。

僕は無在庫を浅く触っただけではない

在庫切れキャンセルはかなり気を使って抑えていたし、リサーチも雑にはやっていない。
多くの無在庫セラーがやらない中古一点ものを狙うなど、差別化も意識していた。

初年度から月利20〜30万ほどは出ていたし、最終的には月利50万前後まで伸びた。

だから、無在庫で全く結果が出なかった人間の負け惜しみでこんなことを言っているわけではない。

ここまで聞くと、
「何だ、うまくいってるじゃん」
と思うかもしれない。

でも、月利が伸びていっても、自分の実力が積み上がっている感覚はずっとなかった。

今思えば、やっていたのは売れる商品を広く拾うことだった。

商品知識は増える。
何が売れるか、どこに価格差があるか、そういう表面的な情報はかなり入ってくる。

実際、eBay界隈で「これが売れる」として出回るリストを見ても、ほとんど見たことがある商品ばかりだった。

でも、それでも違和感は消えなかった。

知識は増えている。
でも、判断基準が育っている感じはしない。

広く拾う力はついても、深く読む力が育っている感覚が薄い。
売れても、自分が強くなっている感じがしない。
相場を読んでいるというより、その場その場で処理している感覚が残る。

これが、自分の中ではずっと気持ち悪かった。

もう一つ無視できなかったのが、画像盗用への罪悪感だ。

無在庫では、これなしでは成立しないと言い聞かせて続けていた。
でも本音では、ずっと違和感があった。

特にきつかったのは、バイヤーから
「なぜあなたと同じ写真を使うセラーがたくさんいるの?」
と聞かれた時だ。

その場を誤魔化したり、嘘をついたりする。
そういうやり取りをするたびに、薄々わかっていた。

これはまともな商売ではないな、と。

でも、それでもやめられなかった。

理由はシンプルで、在庫リスクがないからだ。

在庫を持たなくていい。
資金的な怖さも小さい。
だから違和感があっても、「まあ仕方ない」とフタをして続けられてしまう。

納得していたわけじゃない。
ただ、続けられてしまっていただけだった。

無在庫販売そのものを全否定したいわけではない。
合う人もいると思う。

でも、もし自分の中にずっと違和感があるなら、それを根性不足や甘えで片付けない方がいい。

やり方そのものが、自分の感覚に合っていない可能性があるからだ。

自分の場合、違和感の正体ははっきりしていた。

実力が積み上がる感覚の薄さ。
そして、商売としての後ろめたさ。

結果が出ていても、その違和感は消えなかった。

無在庫販売に違和感がある人は、その感覚を無視しない方がいい。
それはただの不満ではなく、自分に合う戦い方が別にあるというサインかもしれない。

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