たのしくいきること
今日は腰が痛くて、へろへろです。
顔の濡れたアンパンマン、または、塩のかかったなめくじ、空気の抜けた風船のようにしょぼんとしてます。
だからいつもと違って日記も短めにします。
短め宣言です。
腰が痛いのは息子の汚部屋を半日かけてずっと掃除していたからです。
途中で自分が『風の谷のナウシカ』の胞子の部屋に迷い込んだのかなと思いました。
うわぁ、雪みたい!(ほこりがね)
「汚れているのは土なんです、誰が世界をこんな風にしてしまったのでしょう......」
まだ築10年の家をこんな風にしてしまったのは息子です。片付け中に本人が学校から帰ってきました。
「ごめん」
そのあとは「ごめん」しか息子は言いませんでした。壊れたレディオのように一つの単語を繰り返しました。
別に、怒ってないってば〜。
喘息持ちにはつらい作業です。ごほごほ。
(マスクしておけばよかった)
午前中は読書をしました。
この前、文学フリマで購入した『本をひらく(杉江由次さんと大森皓太さんの往復書簡)』を読み始めたら止まらなくて、そのうちメモ書きまでし出して、読み終わりました。
この本、めっちゃよかったです。
私の夢を叶えるために必要な本でした。
その中に「そうだよな」と思えることばがいくつかあって、それが今回の記事のタイトルになっています。村上龍さんの『69』のあとがきに書かれている文章だそうです。
「楽しんで生きないのは、罪なことだ。わたしは、高校時代に私を傷つけた教師たちのことを今でも忘れていない。
数少ない例外の教師を除いて、彼らは本当に大切なものをわたしから奪おうとした。
彼らは人間を家畜へと変える仕事を飽きずに続ける「退屈」の象徴だった。
そんな状況は、今でも変わっていないし、もっとひどくなっているはずだ。
だが、いつの時代にあっても、教師や刑事という権力の手先は手強いものだ。
彼らをただ殴っても結局こちらが損をすることになる。
唯一の復しゅうの方法は、彼らより楽しく生きることだと思う。
楽しく生きるためにはエネルギーがいる。
戦いである。
わたしはその戦いを今も続けている。
退屈な連中に自分の笑い声を聞かせてやるための戦いは死ぬまで終わることがないだろう。」
私はここまで過激に思ってはいませんが、楽しく生きることが、色々な人への復讐だなとは思っています。
いや、復讐とさえ思っていないかも。
ただ、この不条理な世界に対して、抗う方法のひとつが、楽しく生きることなのかなと思っています。
そして、掃除中にSpotifyで戦争の話を聴いていました。
こういうの聴いてると、君はそっち側か!とか言われそうですが、もうそっち側とかこっち側とか、正直めんどくせえです。
腰が痛いので態度が投げやりです。
日記も終わりにします。
最後に、豊島屋さんのグッズが以前から欲しいので、それを貼って終わりにします。
この「鳩ぽっぽーち」か

「ハートを灯す鳩ビーム」が個人的に欲しいです。


鎌倉に行きたいなぁ......。
鎌倉は行けないのですが、急きょ月曜日に新宿のあたりに行くことになりそうです。
そのためにも腰を安静にして治します!
おやすみなさいませ。
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