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「安心を育てる」とは何か? 自分らしく生きるための「心の土台」について

このnoteでは、「安心」について書いています。

……と言うと、

「安心って、不安じゃないことでしょ?」

と思うかもしれません。

でも、僕は少し違うと考えています。

安心とは、不安がない状態ではありません。

不安になることもある。
迷うこともある。
失敗することもある。
自信をなくすこともある。

それでも、

「まあ、なんだか大丈夫」

と思える。

何か特別な根拠があるわけではないけれど、

「例え、思い通りにならなくても、私はきっと大丈夫!」

と、自分や未来を少し信頼できる。

僕が考えている「安心」は、そんな状態です。

そして、ここで大切なのが、

安心は「手に入れるもの」ではなく、「育てるもの」だということ。

このnoteでは、そのことについて考えていきます。


そもそも「安心」とは何なのか?


私たちは普段、

「お金があるから大丈夫」

「仕事がうまくいっているから大丈夫」

「誰かに認めてもらえたから大丈夫」

というように、安心の根拠を外側に探しがちです。

もちろん、それらが安心につながることはあります。

でも、外側の条件は変化します。

お金が減ることもある。

仕事がうまくいかないこともある。

誰かに認めてもらえないこともある。

すると、それまで感じていた安心も、一緒に揺らいでしまいます。


だから僕は、

外側の条件に左右されにくい「心の土台」としての安心

について考えています。

それは、家でいうなら「基礎」のようなもの。

どんなに立派な家でも、土台が不安定なら揺れてしまう。

反対に、土台が安定していれば、多少の揺れがあっても簡単には崩れません。

人の心も、同じなのではないでしょうか。


安心は「心のOS」


僕は、安心を「心のOS」のようなものだと考えています。

OSは、普段は意識するものではありません。

でも、その上でさまざまなアプリケーションが動いています。

人の心も同じ。

安心という土台があることで、

「考える」

「選ぶ」

「行動する」

「人と関わる」

「挑戦する」

といったことが、自然にできるようになる。

逆に、心がずっと危険を感じている状態では、

「失敗しないように」

「嫌われないように」

「間違えないように」

と、自分を守ることにエネルギーを使ってしまいます。


だから、

安心は「何もしなくてもいい状態」ではありません。

むしろ、

自分の力を本来の方向に使える状態をつくるもの

なのだと思います。


なぜ、私たちは安心できなくなるのか?


ここには、さまざまな理由があります。

自分への厳しさ。

過去の経験。

人間関係。

「こうあるべき」という思い込み。

他人との比較。

失敗への恐れ。

そして、

「できたら自分を認める」

「できなかったら自分を責める」

という、自分自身との関わり方。

僕たちは知らないうちに、

「安心するためには、何かを証明しなければならない」

というルールを自分の中につくっていることがあります。

もっと頑張れば安心できる。

もっと結果を出せば安心できる。

もっと自信がつけば安心できる。

でも、これではいつまで経っても「条件付きの安心」から抜け出せません。


「安心を育てる」とは、何をすることなのか?


では、どうすればいいのでしょう。

僕は、安心を育てることを、

「自分とのつながりを取り戻していくこと」

だと考えています。

不安になった自分を責めない。

できなかったことだけではなく、できたことにも目を向ける。

人の期待だけではなく、自分の気持ちにも耳を傾ける。

自分の感情を「良い・悪い」で裁かない。

失敗した自分にも居場所を与える。


そして、

「私はどうしたい?」

と、自分に問いかける。

そうやって少しずつ、

「私は私の味方でいられる」

という感覚を育てていく。

これが、僕の考える「安心を育てる」ということです。


安心すると、人はどう変わるのか?


安心すると、何も怖くなくなるわけではありません。

失敗しなくなるわけでもない。

不安にならなくなるわけでもありません。

でも、

不安になっても、以前ほど怖くなくなる。

そして、

「どうしよう?!」

だけだった状態から、

「じゃあ、どうしたい?」

と考えられるようになる。

人の目ばかり気にしていた人が、

「私は私でいい」

と思えるようになる。

失敗を恐れて動けなかった人が、

「やってみようかな」

と一歩を踏み出せるようになる。


つまり、

安心は、行動の反対ではありません。

安心があるからこそ、自分の意思で行動できる。

僕は、

安心 → 自己信頼 → 自分らしさ → 行動 → 人生

という流れがあると考えています。


このnoteでは、何について書いているのか?


ここでは、そんな「安心を育てる」ためのヒントを、さまざまな角度から書いていきます。

たとえば、

・なぜ人は自分にだけ厳しくなるのか
・なぜ失敗すると自分を責めてしまうのか
・自信と安心の関係
・人間関係と安心
・「自分らしく生きる」とは何なのか
・不安との付き合い方
・自分を受け入れるということ
・完璧主義と安心
・「なんだか大丈夫」と思える感覚
・人が安心すると何が変わるのか

そして、ときには心理学や脳の仕組み、僕自身の経験、これまでたくさんの人の相談に乗ってきた中で感じたことなども交えながら、

「人が安心して生きるとは、どういうことなのか?」

を一緒に考えていきます。


このnoteを読むことで得られるもの


このnoteを読んだからといって、すぐに不安がなくなるわけではありません。

人生の問題が、すべて解決するわけでもありません。

でも、少しずつ、

「自分を責めることが減った」

「不安になっても、前ほど怖くなくなった」

「自分の気持ちを大切にできるようになった」

「人の目を気にしすぎなくなった」

「失敗しても、自分を嫌いにならなくなった」

「自分で自分を安心させられるようになった」

そんな変化につながっていければいいと思っています。

そして、最終的には、

「なんだか大丈夫」

と思える自分へ。

何か特別な根拠がなくても、

「まあ、なんとかなる」

「私は私で大丈夫」

「これから何が起きても、きっと大丈夫」

と、自分の人生を自分で選んでいける。

そんな心の土台を、一緒に育てていきたいと思っています。


安心は、どこか遠くにあるものではない


僕自身、以前は不安や悩みをたくさん抱えていました。

だからこそ、今も「不安にならない人」を目指しているわけではありません。

不安になることもある。

迷うこともある。

自信をなくすことだってある。

それでも、

「まあ、なんだか大丈夫」

と思える自分でいたい。

そのために必要なのは、何かを新しく身につけることだけではなく、

すでに自分の中にあるものに気づき、

自分との関係を少しずつ変えていくことなのかもしれません。

安心は、誰かから与えてもらうものではない。

どこか遠くに探しに行くものでもない。

日々の小さな選択の積み重ねによって、自分の中に育てていくもの。

このnoteが、

あなたにとって自分自身とつながり見直す場所になれば嬉しいです。

そしていつか、

理由はよくわからないけれど、

「まあ、なんだか大丈夫。」

そう思える日が増えていきますように。

一緒に安心を育てていきましょう🍀


くらげ|安心を育てる人


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