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【小説】白の粥

冬の朝、まだ世界が息をひそめているうちに、澄子は台所に火を起こす。
煤けた土間の奥、古びた土鍋に米と水を落とし、ゆっくりと木杓子でかき回す。
指先に沁みる冷たさが、やがて白い湯気の温もりに溶けていく。
この瞬間だけが、彼女の一日の始まりだった。

米がほぐれ、湯が白濁していく。その白さは、雪よりも柔らかく、雲よりも静かで、どこか懐かしい。
澄子はその白の中に、亡き母の顔を思い出す。
幼いころ、病床の母が作ってくれた温粥――あのときの白も、こんな色だった。

隣家の少年・悠(ゆう)が、ふとした折に澄子の家を訪ねるようになったのは、父親の死後だった。
母親が働きに出ている間、学校から帰ると、悠は澄子の台所に顔を出す。
「今日も粥ですか」
「そう。寒い日はこれがいちばん。」

悠は無言で頷き、澄子の手元をじっと見つめる。
鍋の中の白がふつふつと呼吸し、部屋の空気を包みこむ。
澄子は気づく。――この白は、誰かを癒す色なのだ、と。

ある日、悠が泣いていた。
学校で友人を殴ったという。
澄子は何も問わず、鍋を火にかけた。
やがて音もなく、白が満ちていく。
「お粥ってね、待たせる食べものなの」
「……?」
「急いだら、焦げてしまう。焦げたら苦い。でも、待てば柔らかくなる。」

悠は湯気の向こうで、白にぼやけた顔を上げた。
澄子の声も、白い息も、ひとつの優しさになって漂っていた。

春の兆しが見えたころ、澄子は病に倒れた。
悠は学校帰りに、台所に立つようになった。
米を研ぎ、水を測り、火を入れる。
澄子がそうしてきたように。
焦げつかぬよう、ただ静かに、白を待つ。

澄子は布団の中から微笑む。
「いい匂いだね。」
「はい。もうすぐ、できあがります。」
白の湯気が、ふたりを包んだ。
その白は、まるで記憶の続きのように、淡く、深く、優しかった。

五(終章)

澄子が逝ったあと、悠はその家を訪ね続けた。
鍋の中で白がふくらみ、また静まる。
彼の中に、澄子が生きている気がした。
白はもう、哀しみの色ではなかった。
それは、生の名残であり、温もりの形だった。

悠は小さく呟いた。
「今日も、いい白だ。」

湯気が揺れる。
窓の外には、遅い雪が舞っていた。
白が、白の上に降りて、世界をやさしく包みこんでいく。

―了―

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