【小説】金色の手紙
駅前の古い商店街に、陽が沈む前のひとかたまりの風が通り抜けていった。冬の匂いのする風で、胸の奥をそっと撫でられるような感触だった。
その風の向こうで、拓真はふと立ち止まった。手にした封筒の角が、ちょうど夕陽の反射できらりと光ったのだ。金色に近い、柔らかい光だった。
封筒には、達筆だけれどどこか不器用な文字で、自分の名前が書いてある。差出人は母だ。三日前に亡くなったばかりの。
葬儀のあと、母が使っていた古い引き出しの底から見つかった「渡すつもりだったもの」。それが、この封筒だった。
まだ開けられずにいた。
開けてしまえば、母という存在が“もう過去になる”。
そんなふうに感じられて――拓真は今日まで何度もポケットに入れては、触れるだけで終えていた。
家に帰ると、部屋は冷えきっていた。暖房をつける前に、拓真はそっとテーブルに封筒を置いた。
照明の下で封筒がまた淡い金に光る。紙そのものは普通の白なのに、どういうわけか「金色の手紙」としか言いようがなかった。
意を決して、封を切る。
中には、手紙と、薄い金箔を貼ったようなお守りのようなものが入っていた。
――拓真へ
あなたに贈りたいものがあります。
といっても、たいしたものじゃないのよ。
お金でも宝石でもないし、きっとあなたは「こんなもの」と笑うかもしれない。
でもね、私はずっと考えてきました。
あなたが大人になって、苦しいとき、孤独なとき、ほんの少しでいいから支えになるものは何だろうって。
この世界には、いろんな重さの“金”があるわ。
手に取れば温かく、時に冷たく、人を救いもすれば、縛りもし、揺さぶりもする。
あなたが人生で何度も触れることになる、形のある価値。
けれど私は信じているの。
本当に人を動かす金色は、心の中に宿るものだって。
その輝きは失われない。
誰かを思うとき、誰かに差し出すとき、そっと灯るもの。
あなたが生まれた日、抱きしめた瞬間、私はその色を見たの。
このお守りは、私が若いころに買ったものよ。
金箔はもう剥げていて、価値なんてない。
でもね、あなたの未来を照らす灯りになれば、と願いをこめて残しました。
どうか、迷ったとき、思い出して――
“金”は外にあるんじゃない。
あなたの中に、ちゃんとある。
母より
読み終えたとき、拓真はゆっくりと息を吐いた。
思っていたような、重たい涙は流れなかった。
ただ心の奥がじんわりと温かく広がっていくようで、寒さがすうっと引いていく気がした。
金箔のお守りを手に取ると、ほとんど色が剥げているのに、なぜか手のひらがほのかな温度を帯びた。
金ではない。価値もない。
それでも、母の言う“金色”がたしかにある気がした。
拓真はゆっくりと立ち上がり、部屋の灯りを消した。
窓際に立つと、街の灯が遠くで点々と揺れている。
そのどれもが、小さな金色の粒のように見えた。
――贈り物とは、もらった瞬間より、受け取ったあとにどう光るかで決まるのかもしれない。
拓真はお守りを胸ポケットにしまい、そっと目を閉じた。
母の声が、風のようにやわらかく甦る。
これから先の人生で、自分が誰かに何を贈れるのか。
その問いが、胸の奥で小さく金色に光った。
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