【小説】赤の在り処(あかのありか)
一
放課後の坂道を、秋風が吹き抜けた。
空はまだ青く、けれどどこか遠くのほうで、夕暮れの匂いがしていた。
神谷颯太はポケットに手を突っ込み、落ち葉を踏む音を聞いていた。
足元で紅葉が砕ける。まるで心の奥の何かを、そっと確かめるように。
坂の上から、赤いコートが揺れた。
彼女——安堂茜が立っていた。
陽射しを受けて、髪が透け、彼女の頬まで赤く染まって見えた。
「ねえ、颯太くん」
「ん?」
「この坂、もうすぐ終わっちゃうね」
茜の声は、秋の風よりもやわらかかった。
卒業を控えた二人にとって、それは何気ない言葉でありながら、終わりの始まりのように響いた。
二
図書館の裏手にある小さな並木道は、二人の秘密の場所だった。
夏には蝉が鳴き、冬には雪が積もる。けれど——秋だけは、世界が燃える。
茜はいつも赤が好きだった。
「赤ってね、生きてる色なんだよ」
「燃えてるから?」
「うん。悲しいときも、嬉しいときも、ちゃんと生きてる色」
颯太はうなずくふりをして、茜の横顔を見た。
その横顔に落ちる紅葉の影が、まるで彼女の心そのもののように見えた。
三
風が強くなり、木々がざわめく。赤が舞う。
茜が言った。
「ねえ、もし離れても——また、この色を見たら思い出してくれる?」
颯太は、頷けなかった。
言葉にすれば、なにかが崩れてしまいそうで。
だから代わりに、ポケットから赤いマフラーを取り出し、彼女の首にそっと巻いた。
「それ、颯太くんの……?」
「うん。もう冬になるし」
茜は目を伏せ、少し笑った。
その笑みが、秋の光を反射して、まるで紅葉の最後の一枚みたいに美しかった。
四
卒業の日、茜は学校に来なかった。
風の冷たい三月、校門の外にはまだ赤い葉が一枚、枝に残っていた。
誰もいない並木道を歩きながら、颯太はその葉を見上げた。
ふとポケットの中で、指先が布に触れる。
茜が返してくれたマフラーだった。
そこには、細い刺繍の糸で、小さく「ありがとう」と縫い取られていた。
——赤い糸で。
五(終章)
何年も経ち、颯太は教師になっていた。
窓の外、紅葉が散る午後。
生徒たちが笑い声を響かせる教室の片隅で、彼はそっと微笑んだ。
机の上には、一枚の古い写真。
坂道の上で笑う赤いコートの少女と、少し照れくさそうな少年。
彼はペンを置き、窓の外を見た。
風が吹き、真っ赤な葉がひとひら、校庭を横切る。
その瞬間、胸の奥であの声が聞こえた気がした。
——「生きてる色だよ」
颯太は小さく息を吐き、つぶやいた。
「……ああ、ちゃんと、生きてるよ」
そして、赤が光の中で揺れた。
季節は静かに巡り、また誰かの恋が始まる。
(完)
