【小説】緋の毛布、冬を抱く
その毛布は、緋色だった。薄闇の中でもほのかに光を孕むような色彩を纏い、触れた手のひらに、冬の夜をさえ押し返す温度を宿していた。
何年も前、────いや、もっと遠く、誰かの記憶にも届かぬ時より、さまざまな人の肩を包み、眠りを見守ってきた毛布。
いま、その緋は、三人の知らぬ者たちをひとつの部屋へと招く。
赤星(あかほし)は、駅前のベンチに座り、霧雨が降る夜を見ていた。所々ほころびた毛布を肩にかけている。
彼の名は星を連想させるが、彼が夜空を見上げたのはいつだったか。職も家も失い、静かに息だけが続いている。
唯一残ったのは、この毛布──かつて、病院の待合で妻が「寒いでしょう」と渡してくれたもの。彼女はもう、いない。
彼は街の片隅を歩き、ふと灯りの漏れる古本喫茶に入った。「緋文庫」という、小さな店。
中には、一人の若い女性がいた。黒髪を梳きながら、古い雑誌をめくっている。
彼女の名は漣野(さざなみの)。
詩人を夢見ながら、言葉が出なくなった詩人だった。
「その毛布……美しい色ですね」と、漣野は言った。
赤星は答えず、ただ、「妻の形見なんです」とだけ呟いた。
漣野は、自分が失った言葉と、誰かが失った愛が、同じ色の影を落とすのを感じた。
「言葉はまだ、あたたかいですよ」と彼女は言った。
「毛布のように、眠りに寄り添うことだってある。」
店主は、老いた男で名を月凪(つきなぎ)といった。
その名前は、波のない夜の海のように、静かで、どこか物悲しい響きを持っている。
月凪は言った。
「この毛布には、不思議なところがあってね。
持つ者が変わるたびに、色が少しやわらぐんだ。
それでも緋は消えない。人の想いを吸って、なお残る色だ。」
赤星は数年ぶりに珈琲を飲み、漣野はかすかな詩句をノートに記し、
月凪は一冊の古本を包んで差し出した。
「君たちは、似た温度を持っている。」
赤星は毛布を外し、そっと漣野の肩にかけた。
緋が灯りに染まり、柔らかく呼吸するようだった。
漣野は震えた声で言った。
「安心する……まるで、まだ続いていい夜みたい。」
赤星は静かに笑った。
毛布が自分から離れた瞬間、なぜか、ひどくあたたかかった。
その夜、三人は長くは話さなかった。
けれど、確かに同じ冬を抱いた。
緋の毛布は、もう毛布ひとつではなかった。
見えない腕となり、人を包み、人を運ぶ。
失われたものにも、まだ温度があると知るための、証のように。
翌朝、毛布は店の椅子に掛けられていた。
もう、それを誰が持っていたかは問題ではなくなっていた。
外は雪だったが──
毛布に触れた指先から、生まれたばかりの春の記憶が流れ出すようだった。
緋はただ、静かにそこにあり、
失くしたものの代わりに、
まだ在るもののあたたかさを、そっと教え続けていた。
