【フリー台本】焦点の菓
登場人物
焚音(ふくね)
——焦げることを恐れぬ職人。栗を焼く音に“生”を聴く。
感情を抑えた声で、内側に熱を秘める。
瑠杏(るあん)
——栗菓を継がぬ娘。焦がすことを罪と思い、生を薄めて生きてきた。
淡い声の中に、透明な刃を隠している。
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一幕 焦げる音
(静寂。焚音が銅鍋を撫でる音のみ。火がはぜる。)
焚音
……焦げる匂いは、泣いてるようだな。
人が我慢して焼かれる音がする。
瑠杏
泣いてるのは、栗でしょう。
あなたじゃない。
焚音
(ふっと笑う)
俺はもう、とっくに焦げ尽きた。
甘さの中で、誰が泣いてるかなんてもう分からねぇ。
瑠杏
焦げたものは捨てればいい。
そう教えたのは、あなただ。
焚音
あれは若気の焦りだ。
今は違う。焦げの中にこそ旨味がある。
(火が強まる。鍋の底で音が弾ける。)
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二幕 焦がれ
瑠杏
私、焦がしたくなかったの。
何も。夢も、人も、栗も。
——だから何一つ、手に入らなかった。
焚音
焦がさなきゃ、香りは出ねぇ。
焦がれなきゃ、生きてる証にならねぇ。
瑠杏
……ねぇ、父さん。
焦がれと焦げは、同じ字から生まれるのね。
焚音
(微かに頷く)
そうだ。
焦がれるのは、誰かを焼くこと。
焦げるのは、自分が焼けること。
(長い沈黙。外で風が鳴る。)
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三幕 焦心(しょうしん)
瑠杏
あなたの栗菓は、誰のために焼くの?
焚音
誰のためでもない。
焦げた香りは、誰にも贈れねぇ。
けど、それを嗅いで泣く奴がいりゃ、それでいい。
瑠杏
(そっと鍋に手を伸ばす)
……熱い。
でも、あたたかい。
焚音
焦げる前に、離せ。
瑠杏
焦げても、いい。
焦がれて、いたい。
——父さんの焦点(しょうてん)に、私の焦心(しょうしん)を重ねたいの。
(鍋の中、栗が割れる音。白い蒸気が上がる。)
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四幕 焦土に甘みあり
焚音
焦げた栗の皮を剥くと、中はまだ生きてる。
黒い殻の奥に、透きとおる甘みがある。
人も同じだ。焦げてやっと、芯が見える。
瑠杏
焦げを恐れて、生を焦がした。
そんな私にも、芯があるのかな。
焚音
あるさ。
焦げの奥には、まだ焦がれる心がある。
それが、人の“火種”だ。
瑠杏
……火を絶やさないように、焼こう。
焦げても、焦がれても。
あの栗の香りが、誰かの心を焦がすように。
(焚音、頷く。沈黙。火が静かに落ちる。)
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終幕 焦点
(暗転。最後の台詞だけ光の中に。)
瑠杏
焦げたものを、焦がれたものに変える。
それが、生きるってことなのね。
(終)
