【小説】黄の満ちる刻(とき)
黄の光が、夜をやさしく染めていた。
満月が川面に揺れ、誰もが気づかぬうちに、街の輪郭は少しだけ軟らかくなっていた。
川沿いの古い土手に、三人が座っていた。
名は――
柚葉(ゆば)、沙礼(しゃれ)、そして綺羅(きら)。
どれもどこかこの世にありそうで、しかしどこにもない名。
柚葉は、働き疲れた指先をさすりながら、ぽつりと言った。
「今日は、不思議と色んなものが見える気がするの」
沙礼が笑う。
「満月だからね。人は満ちたものの前で、いつもすこしだけ素直になる」
綺羅は足元の草をいじりながら、月を見上げる。
「満ちるって、ぜいたくだな。足りないのは苦しいけど、満ちすぎるのもちょっとこわい」
月は黄金を湛えた皿のように輝いていた。
ただ明るいのではない。
ただ黄色いのでもない。
そこには、やさしさと哀しみと、どこかしら未来が混ざっていた。
「黄ってさ」
ふいに沙礼が言った。
「悲しみの色だと思ってた。でも今は、きっと違う」
「どう違うの?」
柚葉がたずねる。
「なんていうか……あたたかくて、少し泣きたくなる色」
綺羅が小さく笑う。
「それって恋と同じだ」
三人は声を出さずに笑い、風がそっと笑い声をさらった。
ここに集まるのは、いつも満月の夜だけだった。
約束したわけでも、深い理由があるわけでもない。
ただ、誰にも言えぬことが胸にたまる夜を、
彼らはなんとなく知っていた。
「ねえ」
砂の粒のような声で、柚葉が呟く。
「自分のこと、好きになれない日ってある?」
二人はすぐには言葉を返さず、代わりに空を見上げた。
満月は、聞いている。
黄の光は責めない。
川面の光に指を浸しながら、沙礼が言う。
「あるよ。たくさん。でもそれを人に言えた日は、少し救われる気がする」
綺羅が続ける。
「人はたぶん、満ちることよりも、分かち合うことでやっと満たされるんだ」
月は満ちていたが、夜はまだ満ち足りぬようだった。
虫の音、川のざわめき、遠くの灯り。
世界は音のない優しさでできている。
柚葉は黄のひかりに照らされながら微笑む。
「じゃあ、今夜は大丈夫だね。私、すこしだけ自分を許せる気がする」
満月は、何も言わずに降りそそぐ。
沙礼の髪を淡く染め、綺羅のまぶたに薄く光を置き、
柚葉の胸の迷いにそっと触れる。
足りなかった言葉たちは、音にならずに夜へ溶けていく。
それでよかった。
黄は、慰めの色でもあった。
三人はやがて立ち上がり、それぞれの帰路を歩きはじめる。
背中には、ほんのり金の気配。
満ちても消えない灯火のようなもの。
次に会う日を誰も決めなかったが、
満月はまためぐる。
そしてきっと、黄の夜はふたたびやって来る。
――人が満ちる瞬間は、ひとりでは訪れない。
それを知るための黄。
それを見守る満月。
今夜、世界はすこしだけ優しかった。
