【小説】夜の棚に置かれた歌
深夜のコンビニは、
世界の端に残された最後の灯りのように静かだった。
自動ドアがひらくたび、
外の夜がすこしだけ流れ込み、
そしてまた、何事もなかったように閉じていく。
客はほとんど来ない。
ただ、冷蔵庫の低い唸りと、
遠くの道路を走るトラックの音だけが、
夜を薄くかき混ぜていた。
その夜、
私はレジ横の棚で、
誰も知らない歌を見つけた。
パッケージもない、
値札もない、
ただ小さなメモのような紙に、
楽譜とも文字ともつかない線が書かれていた。
店員は言った。
「それ、たまに置いてあるんですよ」
「誰が?」
「わからないんです。
でも、朝になるとなくなってる」
不思議なことに、
それを見ていると、
どこか懐かしい旋律が
胸の奥で静かにほどけていった。
私はふと気づく。
これは、
失くした記憶の形をしている。
名前も、
季節も、
誰といたのかも思い出せないのに、
その歌だけが、
確かに自分の人生のどこかを照らしていた。
まるで
夜の奥に落としてきた光を、
誰かが拾って棚に置いてくれたみたいに。
私はその歌をポケットに入れ、
深夜のコンビニを出た。
自動ドアが閉まる瞬間、
レジの向こうで店員が小さく笑った。
たぶん彼女も、
同じ歌をどこかで聴いたことがあるのだろう。
外の夜は深く、
街はまだ眠っていた。
歩きながら、
私はようやく思い出しかけていた。
あの歌を、
最初に忘れたのは、
たぶん
私自身だったのだ。
