中国での日本人の公演中止に思う
上海でのアニメイベントで日本のアニソンのコンサートが、公演中にいきなり止められた・・・とのニュース。色々ありますし、これからもまだあるでしょう。
今回の台湾問題をめぐる中国と日本との摩擦問題で、コンサートが中止になった時に「高市いい加減にしろ!」的なことを言ったミュージシャンがいたり、その人がネットで叩かれたり、ファンキー末吉さんの「中国なんだから仕方ない」的なツイートに「そうだそうだ!」と賛同する人が多い・・・と言う風景を見ていて思うことを述べてみたいと思います。
賛同も批判もシェアもご自由に。
政権批判をしたミュージシャンを叩いたりファンキーさんのツイートに乗っかる人って、属性としては保守~右寄りの人だと思うんですけど、だからと言ってこれってイデオロギーの問題かと言うと、何だかそういう政治思想の話ではないように感じるのです。
表現者にとっての命とも言える、表現の自由のお話になります。
本来、今回の高市首相の発言は世界的には問題のないものですが、中国に対しては今まで気を使って敢えて言ってこなかった内容。
で現在、旅行者を止めさせたり、日本人のコンサートを中止にさせたり・・・と中国がやっていることは「国家レベルによる理不尽な脅し」です。
まず中国人相手だとお金が儲かることを知らしめたうえで、そのお金の流れを突然止めて困らせ、「俺らの気に入らないことをやったり言ったりすると、痛い目に合わせるから言うことを訊け」との見せしめを行なっているわけです。これは今回に限らず、以前からいろんな国に対してやっています。
しかもその「これはダメだぞ」という行動や言葉の基準も、中国側のその時の意向で一方的に決まる理不尽なシステムです。
今回のことも中国が「極めて遺憾」と言うのは予想は出来ましたが、日本人の公演を中止にするくらいの荒立て方は、もしかして中国の国内経済が今ほど酷くなければ「していない」かもしれません。全てはその時で気まぐれで決まります。
今回のことで日本側の政府の対応を悪く言うミュージシャンは結局(そういう意図ではなくても)「中国を怒らせるな」「先方の理不尽に従え」「一方的な検閲に従え」・・・つまり、自分のビジネスの邪魔なので、ご機嫌次第で言論や思想の自由を突然シャットダウンする国に従え・・・と言っている結果に等しい言動になってしまっています。
日本政府を批判する
→ 中国に不利な発言を避ける
→ 結果として中国の統制に協力してしまう
・・・という意図せぬ結果を導くばかりか、「威圧による自己検閲が国際的に広がる」危険性を助長することにもなるのです。
ミュージシャンを含むすべての人は基本的に何を言う権利がありますが、特定の外国政府の「威圧」が背景にあるときは問題が違ってくると思います。
例えば、
・発言すると中国での活動が禁止される
・映画の公開や音楽の発表が停止される
・共演者・スタッフにも不利益が生じる
・・・こうした状況では、表現者側が萎縮して自己検閲に追い込まれることが起きます。
そのうえで、現実に日本政府のみを公然と批判し、中国の圧力には触れない(または容認するように見える)という態度は、結果として「表現の自由や文化の独立性を守る」という価値より「市場・利害で沈黙し、圧力に屈して経済活動を優先する」行為になり得るものです。
「表現の自由を重んじる側がそんなことを主張するのか?」との批判・懸念のメッセージが、少し歪んだ形で高市氏を罵倒したアーティストに向かったり、ファンキーさんへの賛同に向かった・・・と考えます。
・・・でもこれって、本来は右も左も関係ないんじゃないか?と。
左側の人が「今こそ独裁国家から表現の自由を守ろう」と言わないのは結局、今それを言うと高市政権を擁護することになるので言いたくなくて、右側の人がこういうことを言いたがるのは、これに乗っかり高市政権を応援する発言をしたい気持ちがあるからだと見えてしまいます。
・・・いや、これって、本来は右とか左というイデオロギーの話じゃないと思いませんか?
そんな中、ファンキーさんは、これからも中国との関りを持ち続けるとしたら、検閲を恐れ、ここで中国批判などするわけがないのですが、むしろ中国を擁護もしない「こんなの中国なら当たり前」的なことを言うって、なかなかのものだと思いました。

どれほど自分が苦労してきたか?に加え、そんな事よりどれほど中国のロック関係者(ミュージシャンもスタッフもファンも)が苦労しているか?を、暗に伝えているようなものだと思う次第です。
「みんなずっとここでそうやってロックをやってきた。この国でロックをやるとはそういうことだ」
・・・何と重い言葉なんでしょうホンマ。
郷に入りたければ覚悟を決めよ、その郷は闇があり厳しいぞ・・・とのメッセージのように思うわけです、知らんけど。
今はこの件で誰も非難されるべきではないと思うし、分断のきっかけをいたずらに増やすこともないでしょう。中国の芸術家との交流がなくなるわけでもありません。日本では中国人のコンサートも通常通り行われるべきで、そうなっている当たり前に安心しております。
