#783 コトバを眺め ならぬことはならぬものです
会津藩では同じ町に住む六歳から九歳までの藩士の子供たちは、十人前後で集まり「什 (じゅう)」を作る。毎日順番に、什の仲間のいずれかの家に集まり、什長が次のような「お話」を一つひとつみんなに申し聞かせ、すべてのお話が終わると、昨日から今日にかけて「お話」に背いた者がいなかったかどうかの反省会を行いました
一、年長者(としうえのひと)の言ふことに背いてはなりませぬ
一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
一、嘘言(うそ)を言ふことはなりませぬ
一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
一、弱い者をいぢめてはなりませぬ
一、戸外で物を食べてはなりませぬ
一、戸外で婦人(おんな)と言葉を交へてはなりませぬ
会津藩校の日新館では什の掟を掲示されている
ならぬものはならない、のはわかるんだけど、その当時の会津の運営はこのコトバが必要だったのだろうな。厳しい気象状況や農作物の出来高に大きく左右される会津という地域には必要な掟。秩序ある共同体に生きるために
今でも守っているのはどうかなと思う。先人の知恵を覚えて綴じられたコトバが、新たなモノコトを閉ざしてしまうなんて事もありそうだ
