「輪に入れない」が怖かった。新人時代の休憩室で学んだ、職場の生き方
休憩室のドアの前で、何秒か立ち止まるようになったのは、入職して3ヶ月くらいのことだった。
中から声が聞こえる。先輩たちが笑っている。ドアを開ければそこに入っていける。でも、手が止まる。「自分が入ったら空気が変わるんじゃないか」「何を話せばいいかわからない」「邪魔だと思われたらどうしよう」。
そんなことを5秒か10秒考えて、それでもドアを開けて、端っこの席に座る。なるべく存在感を消すように。
誰かに何かを言われたわけじゃない。いじめられていたわけでも、無視されていたわけでもない。でも「自分はここにいていいんだろうか」という感覚が、ずっとそこにあった。
仕事の場所では動けていた。利用者さんのそばでは、ちゃんとケアができていた。でも、スタッフだけの空間になると、とたんに居場所がわからなくなった。
休憩室だけじゃない。申し送りの時間も、更衣室も、なんとなく「正しい立ち位置」がわからない感覚があった。
あのころの僕は、「なじめないのは自分に何か問題があるからだ」と思っていた。もっと明るければ、もっと話し上手だったら、もっと面白いことが言えたら。毎回、自分に足りないものを探していた。
でも違った。
休憩室が怖かったのは、「自分のキャラクター」の問題じゃなかった。「職場の中での自分の立ち位置」がまだ決まっていなかっただけだ。
立ち位置は、時間をかけてしか作れない。新人がすぐに「いてもいい存在」になれるわけじゃない。それは努力でどうにかなるものではなく、ただ、そこにいる時間の積み重ねで少しずつできていくものだ。
この記事では、休憩室が怖かった新人時代から、職場で「いてよかった」と思える場所を作るまでの話を書く。
人間関係の「コツ」みたいな話ではない。ただ、同じように「端っこの席に座り続けた」人に、届けばいいと思っている。
この先の有料記事で書いていること
休憩室に入れない本当の理由(性格の問題じゃなかった)
「先輩に好かれようとすること」をやめた日
沈黙に耐えられるようになるまで
「いてもいい存在」から「いてよかった存在」への変化
新人時代に本当に必要だったこと
