なぜハラスメントに
最近セクハラやパワハラといった言葉を耳にしますが、昔はそんな言葉はありませんでした。昔からあったのは“いじめっ子”の存在です。
では、昔と今と何が違うのでしょうか。
以前の記事「いじめについて」では、
「“どっきり**”なんて、ターゲットがひどい目に合う様子を皆で喜んで見ている。
どんなどっきりが“いいか”競い合っている。
そういうテレビの罪は非常に大きいと言わざるを得ない。
これはテレビがいじめの指導をしていると言っても過言ではない。」
ということを書きました。
ハラスメントについて調べてみると、
「相手を不快にさせたり、不利益を与えたりするなど、肉体的精神的な苦痛を与え、人間としての尊厳を侵害する行為の総称」
とあります。続けて、
「“いじめ”は、加害者側に“悪意がある”ことを想定して使われる言葉。」
「“ハラスメント”は、加害者の行為によって被害者が何らかの損害を被ったという結果に注目しており、加害者の意図や主題は必ずしも重要ではない。」
「加害者は、自覚を持たず、無知・無自覚、又当人なりの善意に基づいて行為に及んでいる場合もある。」
とされており、“いじめ”と“ハラスメント”では、加害者側の意識の違いを指摘しています。
つまり、
“いじめ”には、ターゲットに対して、「苦痛を与える」というはっきりした目的があるのに対し、
“ハラスメント”には、そういう意識は希薄か無いということです。
「そんなつもりじゃなかったのに」とか、「どうしてそう思うの」というように、逆に、「被害者側の受け止め方に問題があって、自分は全く悪くないのに、そんなことを言われるのは心外だ。」というようなことも起こります。
“ハラスメント”の主なものと言えば、
パワハラ(パワーハラスメント)
セクハラ(セクシャルハラスメント)
カスハラ(カスタマーハラスメント)
マタハラ(マタニティハラスメント)などがあります。

他にも
モラハラ(モラルハラスメント)
アカハラ(アカデミックハラスメント)
ドクハラ(ドクターハラスメント医師から)
ペイハラ(ペイシェントハラスメント患者から)など様々なものがあります。
加害者に対し、法的責任を問うたり、社会的制裁を与えたりする動きもあります。
しかしこれは、関西のどこかの知事のように「自分は悪いことをしていない。」とか、「良かれと思ってやっているのに、なぜそんなことを言われなければいけないのか。」というような言い逃れをする加害者に対しては、あまり有効だとはあまり思えませんね。
では、なぜそうなってしまうのでしょうか。
それは、「相手を思いやる気持ちがないから」です。

今では親も教師もそういう教育を受けてきていないからなのかもしれません。
「こういうことを言ったら、相手がどう思うかしら。」とか、
「こんなことをしたら、相手が傷つくのではないだろうか。」というように思い至ることが出来たならば、こんなことにはならないのではないでしょうか。
私の子供の頃、いたずらっ子やいじめっ子に対して、それを諭す決まり文句がありました。
「自分がされて嫌なことは、相手にも絶対するな。」
こんなことを言われたら、こんなことをされたら、
自分だったらどう思うか、どれだけ嫌な気分になるか、
これが一番簡単に相手の立場に立って考えることが出来る方法です。
あまり言わなくなっているのかもしれませんね。
相手の気持ち寄り添う心を忘れないようにして、これからも生きていきたいものです。
お読みいただきありがとうございました。スキ・フォローを頂けると嬉しいです。これからもどうぞよろしくお願いします。

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