ヤジとはいったい何なのか
先日、高市首相の所信表明演説が行われました。
女性初の総理大臣ということで、私を含め、これまで政治に興味を持っていなかった方々など、多くの国民が「どんなことを言われるのだろう」と注目して見ていました。
ご覧になった方も多いと思います。
しかし、演説が始まると、ヤジが大きな声で飛び交っています。怒号と言ってもいいくらいです。
高市首相の声がかき消されるほどで、たびたび演説を中断されていました。
内容も演説に全く関係のない「統一教会!」、「裏金!」というようなものもあり、ヤジではなく妨害行為に見えて実に不快なものになりました。
最前列中央に座っていた議員を始め、目立った議員はどれも立憲民主党の議員だったと映像から特定されています。
オールドメディアは、「誰が言ったのか特定できないので記事に出来ない」と報道もあまりされていません。
また“高市下げ”の片棒を担いだ格好です。
野田代表は後のインタビューで、記者の質問に関し「後ろの席に座っていたので誰だったか分からなかった」と、とぼけていましたが、私にはあの表情は「新人議員だからヤジの飛ばし方がまずかったなあ」と思っているように見えました。
別の立憲民主党議員からは「称賛されるべきものだった。」というビックリするようなコメントも飛び出しました。

では、ヤジとはいったいどういうものなのでしょうか。
どうあるべきものなのでしょうか。
ヤジとは、他人に対してかける、からかったり茶化したりする言葉、さらには浴びせかけるような否定的で批判的な言葉のことで、議会や演説の場では、発言者の邪魔をしたりする時によく使われます。
しかし、「議会内で飛ばされるヤジは、議会の華」とされたりもします。
これは、審議を活発にするためのものとして、聞いている議員が発言内容に対し即座に反応してヤジを飛ばすことで、議論を活発化させ、これにより議論が生きてくるとして肯定的に捉えたりします。
ヤジとして許されるのはこの程度まででしょう。
憲法21条では、「集会・結社及び表現の自由」が保障されています。
また、憲法51条では免責特権として「議員が発言しても院外でその発言に対して法的責任を負わない」と規定されているため、やりたい放題状態になっているのではないでしょうか。
しかし、それが議論や演説の妨げになるような、大声での無関係の発言はヤジではなく罵声として非難されます。
演説を聞けないような状態にするようであれば、聞く権利を著しく侵害しているものとされます。
また明らかに屈辱的で差別的発言は議会の品位を損なうものとされます。
国会法124条では、「政治倫理綱領及び行為規範を遵守しなければならない」としており、秩序を乱したとされれば208条の懲罰もあります。
さらに補足の中の衆議院規則197条、参議院規則207条には、「他人の発言を妨げてはならない」と、はっきり明言されているのです。
憲法58条も、「院内の秩序を乱した議員を懲罰することができる」と規定されています。
言論の自由は絶対ではありません。
他人の尊厳を傷つけるようなヤジは、懲罰により倫理的な限界を超えたものとして明確にされる必要があると思います。
こうした行為は演説する側の発言の自由さえも奪うものだからです。
私の子供の頃は、「人が話している間は、ちゃんと最後まで聞きなさい!」と教えられました。
相手の存在を受け入れ、その声に真摯に耳を傾けることこそ、本来あるべき姿ではないでしょうか。
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