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学習のつまずきの正体 ― あなたの努力が止まる本当の原因

「勉強を続けよう」と決意したのに、ある日突然、内容が理解できなくなる。
何度読んでも頭に入らない。
問題集を開いても手が止まってしまう。
そんな経験はありませんか。

前回の記事では、「勉強が続かない人の共通点」についてお話ししました。勉強が続かない背景には、やる気や根性の問題ではなく、目的や成功体験、習慣など、さまざまな要因があることをご紹介しました。

しかし、勉強が続かなくなる原因は、それだけではありません。
実は、多くの人が経験する「学習のつまずき」が、その後の学習意欲を大きく左右しているのです。

一度つまずくと、「自分には向いていない」「頭が悪いから無理だ」と考えてしまい、勉強そのものが嫌いになってしまう人も少なくありません。
けれども、本当にそうなのでしょうか。

実は、学習でつまずくこと自体は、ごく自然な現象です。
新しい知識を学べば、誰でも必ずどこかで壁にぶつかります。
大切なのは、つまずかないことではなく、「なぜつまずいたのか」を理解し、正しく対処することです。

学校では、問題の解き方は教えてくれても、「なぜ人はつまずくのか」という学びの仕組みまでは、あまり教えてくれません。
そのため、多くの人は原因が分からないまま、「もっと頑張らなければ」「もっと長時間勉強しなければ」と考えてしまいます。

しかし、努力の量を増やすだけでは解決しないつまずきもあります。
基礎知識が足りないのかもしれません。
脳が一度に多くの情報を処理しきれなくなっているのかもしれません。
あるいは、理解したつもりになっているだけで、本当は知識同士がつながっていないのかもしれません。

つまり、学習のつまずきには、必ず原因があります。
原因が分かれば、対処法も見えてきます。
そして、つまずきを乗り越えるたびに、理解はより深く、より確かなものになっていきます。

この記事では、学習でつまずく本当の原因を、脳の仕組みや学びの本質という視点から一つずつ解き明かしていきます。
「つまずき」は、あなたの能力の限界を示すものではありません。
それは、脳が「ここをもう少し理解すると、次へ進めますよ」と教えてくれている、大切なサインなのです。


<第1章> つまずきは「能力不足」ではなく「知識の穴」で起こる


勉強をしていて、「急に分からなくなった」本当の原因は、土台となる知識のどこかに「穴」が開いていることです。

学習はよく「積み木」に例えられます。
一つひとつの知識が積み木となり、その上に新しい知識を積み重ねていきます。
下の積み木がしっかりしていれば、高く積み上げても崩れません。
しかし、途中の積み木が抜けていたり、不安定だったりすると、その上にどれだけ積もうとしても崩れてしまいます。

例えば、小学校で学ぶ分数が苦手な子どもがいるとします。
分数が理解できない原因を調べていくと、実は掛け算の九九があいまいだったり、約分や最大公約数の意味が十分に理解できていなかったりすることがあります。
さらにさかのぼると、「数の大きさ」そのものの感覚が十分に身についていない場合さえあります。

つまり、分数でつまずいているように見えて、本当の原因はもっと前の学習内容にあるのです。

これは数学だけではありません。
英語なら、長文が読めない原因は文法ではなく単語力かもしれません。
単語が覚えられない原因は、発音のルールを理解していないからかもしれません。

歴史なら、出来事を覚えられない原因は、それぞれの出来事が「なぜ起きたのか」という流れを理解していないからかもしれません。

どの教科でも同じです。
つまずいた場所と、本当の原因は一致しないことがよくあります。

ところが、多くの人は「今分からない問題」を何度も解こうとします。
もちろん復習は大切です。
しかし、土台に穴があるままでは、同じ問題を繰り返しても理解は深まりません。

家を建てるとき、基礎工事が終わっていないのに二階や三階を作ることはできません。
もし土台が傾いていたら、まず基礎を直すはずです。

学習もまったく同じです。
分からなくなったときは、「ここが苦手だ」と考えるだけではなく、「その一つ前の知識は本当に理解できているだろうか」と立ち止まって確認することが大切です。

実は、勉強ができる人ほど、この「戻る」ことをためらいません。
分からないところが見つかれば、恥ずかしいと思うのではなく、「原因が見つかった」と考えます。
そして必要なら、中学校の内容でも、小学校の内容でも、迷わず戻って学び直します。

一方で、つまずきを放置したまま先へ進もうとすると、知識の穴は少しずつ大きくなり、やがて学習全体が苦しくなってしまいます。
だからこそ、つまずくこと自体を恐れる必要はありません。

本当に怖いのは、知識の穴に気づかず、そのまま積み木を積み続けることです。

学習の第一歩は、新しい知識を増やすことではありません。
今ある知識の土台に穴がないかを確認し、一つひとつ丁寧に埋めていくことです。
その積み重ねが、どんな教科にも応用できる、本当の「理解する力」を育ててくれるのです。

<第2章> 「わかったつもり」が最大の落とし穴

勉強をしていると、「なるほど、わかった!」と思う瞬間があります。
先生の説明を聞いて納得したとき、
本を読んで内容が理解できたように感じたとき、
解説を見て「そういうことか」と思ったとき。

この「わかった」という感覚は、とても気持ちのよいものです。
しかし、ここに学習の大きな落とし穴があります。
それは、「わかった」と「できる」は違うということです。

例えば、
数学の問題の解説を読めば、「なるほど」と理解した気になります。
英語の文法も、説明を聞けば「そういうルールなのか」と納得できます。
ところが、いざ自分一人で問題を解こうとすると、手が止まってしまう。
「さっきはわかったはずなのに……。」
こんな経験をしたことがある人は多いでしょう。
これは決して珍しいことではありません。

人間の脳は、説明を聞いて理解したように感じると、「もう覚えた」「もう理解した」と錯覚しやすい性質を持っています。
心理学では、このような状態を「理解の錯覚」と呼ぶことがあります。

つまり、「知っている」と「理解している」を混同してしまうのです。

では、本当に理解しているかどうかは、どうすれば分かるのでしょうか。
一つの簡単な方法があります。
「人に説明できるかどうか」です。

もし小学生にも分かるように、自分の言葉で説明できるなら、その内容はかなり理解できています。
逆に、「なんとなく分かるけれど説明できない」「専門用語を並べないと話せない」という状態なら、まだ十分に理解できているとは言えません。

これはノーベル物理学賞を受賞した物理学者リチャード・ファインマンも大切にしていた考え方で、

「本当に理解しているなら、誰にでも分かるように説明できるはずだ」

と語っています。

もう一つ、学習で重要なのがメタ認知という力です。
少し難しい言葉ですが、意味はとてもシンプルです。

「自分が何を理解していて、何を理解していないかを客観的に知る力」のことです。

勉強ができる人は、この力が高い傾向があります。
問題を解きながら、「ここは理解できている」「ここはまだあいまいだ」と、自分の理解度を冷静に確認しています。

一方で、つまずきやすい人は、「全部分かったつもり」で先へ進んでしまいます。
そして、試験や実践の場になって初めて、「実は理解できていなかった」と気づくのです。

だからこそ、勉強では「分かった」と思った瞬間こそ、一度立ち止まることが大切です。
「本当に説明できるだろうか。」
「なぜそうなるのかを、自分の言葉で言えるだろうか。」
「少し問題が変わっても解けるだろうか。」
こうした問いを自分に投げかけるだけで、「わかったつもり」は大きく減っていきます。

学習の目的は、教科書を最後まで読むことでも、問題集を終わらせることでもありません。
「知っている」を「理解している」に変え、「理解している」を「使える知識」に育てることです。

そのためには、自分の理解を客観的に見つめる習慣が欠かせません。
「わかったつもり」に気づける人ほど、本当の意味で理解を深め、学習のつまずきを少しずつ減らしていくことができるのです。

<第3章> 脳は一度にたくさんのことを処理できない

「何度読んでも頭に入らない。」
「考えようとしても、頭が真っ白になる。」
「問題文を読んでいるうちに、最初の内容を忘れてしまう。」
このような経験は、多くの人がしたことがあるでしょう。

そんなとき、「自分は頭が悪いのかもしれない」と落ち込んでしまう人もいます。
しかし、実際にはそうではありません。
その原因の多くは、脳が一度に処理できる情報の限界を超えてしまっていることにあります。

私たちの脳には、「ワーキングメモリ(作業記憶)」という働きがあります。
これは、簡単に言えば「今、考えていることを一時的に置いておく作業机」のようなものです。

例えば、
暗算をするとき、
文章を読みながら内容を理解するとき、
人の話を聞きながらメモを取るときなど、この作業机が使われています。

しかし、この机には大きさに限りがあります。
たくさんの資料を小さな机の上に広げると、置ききれなくなってしまいますよね。

脳も同じです。
一度に多くの情報を処理しようとすると、作業机がいっぱいになり、それ以上考えられなくなってしまうのです。

例えば、数学の文章問題を考えてみましょう。
問題文を読み、条件を整理し、公式を思い出し、計算し、途中式を確認し、答えを導き出す。
これらをすべて頭の中だけで処理しようとすると、ワーキングメモリはすぐにいっぱいになります。

英語でも同じです。
単語の意味を思い出しながら文法を考え、文章全体の意味を理解しようとすると、処理する情報が増えすぎてしまいます。

すると、「分からない」のではなく、脳が情報を処理しきれなくなっている状態になるのです。
これは能力の問題ではありません。
誰の脳にも起こる、ごく自然な現象です。
だからこそ、勉強ができる人は、無意識のうちに脳への負担を減らしています。

例えば、途中式を書いたり、図を描いたり、表にまとめたりするのは、そのためです。

頭の中だけで考えようとせず、一部の情報を紙に出すことで、脳の作業机に余裕を作っているのです。

また、基礎知識がしっかり身についている人ほど、ワーキングメモリに余裕が生まれます。

例えば、九九を考えなくてもすぐに答えられる人は、その分だけ他のことを考える余裕があります。

自転車も最初はハンドル、ペダル、ブレーキ、バランスなど、一つひとつを意識しなければ乗れません。
しかし、慣れてしまえば、それらをほとんど意識することなく景色を楽しみながら走れるようになります。

学習も同じです。
基本的な知識が自然に使えるようになると、脳はより難しい内容に力を使えるようになります。
反対に、基礎があいまいなまま応用問題に挑戦すると、脳は簡単な計算や知識の確認に多くの力を使ってしまい、本来考えるべきことまで手が回らなくなります。

これが、「勉強しているのに頭がパンクする」と感じる正体なのです。
ですから、勉強中に頭がいっぱいになったときは、「自分には才能がない」と考える必要はありません。
むしろ、「今は脳の作業机がいっぱいになっているのかもしれない」と考えてみてください。

情報を整理し、一度に覚えようとする量を減らし、基礎をしっかり身につける。
それだけでも、学習は驚くほどスムーズになります。

学びとは、自分を追い込むことではありません。
脳の仕組みを理解し、その働きに合わせて学ぶこと。
それが、つまずきを減らし、理解を深めるための大切なポイントなのです。

<第4章> 学びは「つながり」が切れると止まる

これまでの記事でもお伝えしてきましたが、私は学ぶとは「理解すること」、そして理解するとは「知識と知識がつながること」だと考えています。

私たちの脳は、新しい知識を一つひとつ独立して保存しているわけではありません。
むしろ、知識同士を結び付けながら、大きなネットワークを作るように記憶しています。

例えば、「りんご」という言葉を聞くと、多くの人は赤い色や甘い味、果物、おいしかった思い出、スーパーの売り場など、さまざまなことを同時に思い浮かべるでしょう。
これは、「りんご」という一つの知識が、多くの知識とつながっているからです。

勉強も同じです。
新しい知識は、それまでに持っている知識と結び付いたときに初めて「理解」となります。
反対に、どこにもつながらない知識は、ただ暗記しただけの情報になってしまいます。

例えば、歴史で「1603年、徳川家康が江戸幕府を開いた」と年号だけ覚えたとします。
もちろん、それだけでもテストでは点が取れるかもしれません。
しかし、
「なぜ徳川家康は幕府を開くことができたのか。」
「戦国時代はどのように終わったのか。」
「その後、日本はどのような社会になったのか。」
こうした前後の流れと結び付いたとき、その知識は単なる暗記ではなく、理解へと変わります。

英語も同じです。
単語を一つずつ覚えるだけでは、なかなか長文は読めません。
しかし、文法を理解し、文章全体の意味を考えながら読むようになると、単語同士がつながり、一つの内容として理解できるようになります。

つまり、学びとは「点」を覚えることではなく、「点と点を線で結び、面にしていくこと」なのです。

もう一つ、学習で大切なのがイメージする力です。
脳は、具体的にイメージできるものほど理解しやすく、記憶にも残りやすいという特徴があります。

例えば、「水は100℃で沸騰する」と文字だけで覚えるよりも、やかんから湯気が立ち上る様子を思い浮かべたほうが、ずっと記憶に残ります。

地理なら地図を思い浮かべる。
理科なら実験の様子を想像する。
英語なら、その場面を頭の中で映像として描いてみる。

このように、知識を具体的なイメージに変えることで、脳は知識同士を結び付けやすくなります。
反対に、文字だけを追いかけていると、知識はバラバラのまま残ってしまいます。

そして、もう一つ見落としがちなことがあります。
それは、学びには「連続性」が必要だということです。

今日学んだことをそのまま長期間放置してしまうと、知識同士のつながりは少しずつ弱くなっていきます。
逆に、昨日学んだことを今日少しだけ振り返り、それを土台に新しい内容を学ぶと、知識のネットワークはどんどん広がっていきます。

だから勉強ができる人は、一気に大量のことを覚えようとはしません。
少しずつでも継続し、前に学んだ内容と新しい知識を何度も結び付けています。
その積み重ねが、深い理解を生み出しているのです。

学習でつまずく人は、「覚えることが足りない」と考えがちです。
しかし、本当の問題は、覚える量ではなく知識がつながっていないことにある場合が少なくありません。

一つひとつの知識が孤立していると、脳は必要なときに取り出すことができません。
反対に、知識がしっかりとつながっていれば、一つを思い出すだけで、関連する知識も自然に引き出せるようになります。
それが、「理解している」という状態です。

学びとは、知識を増やすことではありません。
知識と知識をつなぎ、一枚の地図のように頭の中に描いていくこと。
その地図が広がれば広がるほど、新しい知識は迷うことなく、その中に自然と収まっていくのです。

<第5章> 感情も学習を止めてしまう

「昨日までは理解できていたのに、テストになると頭が真っ白になった。」
「先生に当てられると思うと、何も考えられなくなる。」
「一度悪い点数を取ってから、その教科が嫌いになってしまった。」
このような経験をしたことはないでしょうか。
もしあるとしたら、それは知識が足りなかったからではないかもしれません。

実は、私たちの感情は、学習に大きな影響を与えています。
勉強というと、「頭の良さ」や「記憶力」が重要だと思われがちです。
しかし、脳は感情と切り離されて働いているわけではありません。
むしろ、感情は学習の効率を左右する重要な要素なのです。

例えば、強い不安や焦りを感じているとき、人は目の前のことに集中しにくくなります。
「間違えたらどうしよう。」
「また点数が悪かったらどうしよう。」
「周りの人に笑われるかもしれない。」

このような不安で頭がいっぱいになると、脳は学習よりも「危険から身を守ること」を優先します。
その結果、普段なら解ける問題でも、思い出せなくなったり、簡単な計算を間違えたりしてしまうのです。
これは決して珍しいことではありません。

大人でも、人前でスピーチをするときに緊張して言葉が出なくなることがあります。
名前を知っている人なのに、急に思い出せなくなることもあります。

これは能力がなくなったわけではなく、感情が脳の働きに影響を与えているからです。

反対に、興味があることや好きなことは、驚くほど覚えられるものです。
好きなスポーツのルールや選手の名前。
夢中になっている趣味の知識。
好きな映画やアニメのセリフ。

「勉強だから覚えられない」のではなく、興味や楽しさがあると、脳は自然と記憶しようとするのです。
この違いはとても大きな意味を持っています。

つまり、学習は知識だけの問題ではなく、感情の問題でもあるのです。
だからこそ、勉強がうまくいかないときに、自分を責めすぎる必要はありません。

「自分は頭が悪い。」
「才能がない。」
そんなふうに思い続けると、その否定的な感情がさらに学習の妨げになってしまいます。

心理学では、このような状態が続くと、「どうせやっても無理だ」という思い込みにつながり、挑戦する意欲そのものが低下することが知られています。

一方で、小さな成功体験を積み重ねる人は違います。
「今日はここが理解できた。」
「昨日より少し解けるようになった。」
「前は難しかった問題が解けた。」
こうした小さな達成感は、「もっと学びたい」という前向きな感情を生み出します。
その感情が次の学習への意欲となり、さらに理解を深めるという良い循環が生まれるのです。

ここで、学校教育について少し考えてみたいと思います。
学校では、どうしてもテストの点数や順位が重視される場面があります。
もちろん、学力を測るためにテストは必要です。
しかし、点数だけで自分の価値を判断してしまうと、「間違えること」が怖くなります。
すると、分からないことを質問できなくなり、新しいことに挑戦することも避けるようになります。

本来、学習とは「間違えながら理解を深めていく過程」です。
間違えることは恥ずかしいことではなく、理解への入り口なのです。
だから、もし勉強中に不安や焦りを感じたら、一度思い出してください。

感情は、学習を止めることもあれば、学習を大きく前に進めることもあります。
大切なのは、自分を追い込むことではありません。
「昨日より少し理解できた。」
その小さな成長を認めながら学び続けることです。
その積み重ねが、不安を自信へと変え、学習のつまずきを少しずつ乗り越える力になっていくのです。

<第6章> 良いつまずきと悪いつまずきは何が違うのか

「つまずく」という言葉には、あまり良いイメージがありません。
転ぶ、失敗する、遅れる、取り残される。
そんな印象を持つ人も多いでしょう。

しかし、学習においては、つまずくこと自体は決して悪いことではありません。
むしろ、つまずきがあるからこそ、人は深く理解できるようになります。
問題なのは、「つまずいたこと」ではなく、どのようにつまずくかなのです。

学習には、大きく分けて二つのつまずきがあります。
それが「良いつまずき」と「悪いつまずき」です。

まず、良いつまずきとはどのようなものでしょうか。
それは、「自分が分かっていないことに気づけるつまずき」です。

例えば、数学の問題を解いていて途中で手が止まったとします。
そこで、
「この公式が分かっていないから解けないんだ」
「分数の計算があいまいだから、ここで止まっているんだ」
と原因に気づけたなら、そのつまずきには大きな価値があります。

なぜなら、「どこを学び直せばよいか」が分かったからです。

これは登山で言えば、地図を見て現在地を確認できたようなものです。
目的地までの道はまだ続いていますが、今いる場所が分かれば、進む方向を修正できます。

一方、悪いつまずきは違います。
それは、「分からないことすら分からない状態」です。

問題を見ても何から手を付ければよいのか分からない。
なぜ間違えたのかも分からない。
そして、そのまま問題集を閉じてしまう。

この状態が続くと、「自分には才能がない」「勉強は向いていない」という思い込みだけが残ってしまいます。

しかし、本当は能力がないのではありません。
原因が見えていないだけなのです。
この違いは、とても重要です。

勉強ができる人は、決して最初から何でも理解できるわけではありません。
分からない問題に出会えば、同じようにつまずきます。
違うのは、そのつまずきを放置しないことです。

「どこから分からなくなったのだろう。」
「一つ前の知識に戻ってみよう。」
「別の本で説明を読んでみよう。」
このように原因を探し、自分で修正していきます。

つまり、つまずきを「学習の材料」として使っているのです。

一方、勉強が苦手な人ほど、つまずきを「失敗」と考えてしまいます。
分からない問題があると、「自分はダメだ」と思い込み、原因を探す前に諦めてしまいます。
その結果、知識の穴は埋まらず、次の学習でも同じところでつまずいてしまうのです。

「分からない」と言えることは、とても大きな前進です。
本当に危険なのは、「分からないことにも気づいていない状態」です。

例えば、テストで間違えた問題を見直したとき、「ああ、この公式を勘違いしていたのか」と気づけたなら、それだけで次の学習につながります。
しかし、見直しもせず、「また間違えた」で終わってしまえば、同じ失敗を繰り返す可能性が高くなります。

学習とは、知識を増やすことだけではありません。
自分の理解の穴を見つけ、その穴を一つずつ埋めていく作業でもあるのです。

だから、つまずいたときは落ち込む必要はありません。
むしろ、「成長するためのヒントが見つかった」と考えてみてください。
知識の穴が見つかったということは、次に進むための入口が見つかったということでもあります。
そして、その入口を一つひとつ通り抜けるたびに、あなたの理解は確実に深まっていきます。

良いつまずきとは、成長の始まりです。
つまずきを恐れる人は、そこで立ち止まります。
つまずきを活かす人は、その先へ進みます。
この違いが、長い目で見たときの学びの大きな差になっていくのです。

<第7章> 本当のつまずきの正体は「理解の地図」が作れていないこと

ここまで、学習でつまずくさまざまな原因を見てきました。

●基礎知識が不足していること。
●「わかったつもり」になっていること。
●脳のワーキングメモリがいっぱいになってしまうこと。
●知識同士がつながっていないこと。
●感情が学習を妨げること。
●そして、つまずきを放置してしまうこと。

では、これらに共通する本当の原因は何なのでしょうか。
私は、それは「理解の地図」が頭の中に作られていないことだと考えています。

「地図」という言葉を聞くと、旅行やドライブを思い浮かべるかもしれません。
初めて訪れる街では、地図がなければ目的地までたどり着くのは大変です。
しかし、一度その街の地図が頭の中にできると、新しい道を見つけても、「この道は駅につながっている」「ここを曲がれば公園に出る」と自然に理解できるようになります。

学びもまったく同じです。
知識は、一つひとつが独立して存在しているのではありません。
それぞれがつながり、一枚の地図のような形になったとき、初めて本当の意味で理解したと言えるのです。

例えば、「光合成」という言葉だけを暗記しても、すぐに忘れてしまうでしょう。
しかし、
「植物は太陽の光を使って栄養を作る」
「そのとき二酸化炭素を取り込み、酸素を放出する」
「だから森林は地球環境にとって重要なのだ」
と知識がつながれば、「光合成」は単なる用語ではなく、一つの仕組みとして理解できます。

歴史も同じです。
年号だけを覚えると忘れやすくなります。
しかし、
「なぜその出来事が起こったのか」
「その結果、何が変わったのか」
という流れの中で理解すると、知識は一本の物語になります。

英語でも、単語だけを覚えるより、文章の中で意味を理解したほうが忘れにくいのは、そのためです。

つまり、理解とは「点」を覚えることではなく、「点と点を結んで地図を作ること」なのです。
反対に、理解の地図ができていないと、新しい知識をどこに置けばよいのか分かりません。
だから覚えられない。
だから応用できない。
だから少し問題の形が変わるだけで解けなくなるのです。

ここで、これまでの記事を思い出してください。
第1回では、「人は理解していないことを忘れやすい」というお話をしました。
第2回では、「学びとは暗記ではなく理解すること」だとお伝えしました。
第3回では、「勉強時間よりも理解の質が大切」であることを見てきました。
第4回では、「勉強ができる人は知識をつなげながら学んでいる」ことを紹介しました。
第5回では、「勉強が続く人は、小さな理解を積み重ねている」ことをお話ししました。
そして今回の記事では、その途中で起こる「つまずき」の原因を見てきました。

実は、これらはすべて一つにつながっています。
理解の地図ができていれば、忘れにくくなります。
理解の地図ができていれば、勉強時間は短くても成果が上がります。
理解の地図ができていれば、勉強は続けやすくなります。
そして、つまずいても、どこに原因があるのかを自分で見つけられるようになります。

私は、この「理解の地図」こそが、一生使える学びの土台だと思っています。
学校では、多くの場合、「何を覚えるか」は教えてくれます。
しかし、「知識をどうつなげて地図を作るか」までは、あまり教えてくれません。
だから、多くの人は暗記に頼り、忘れ、また覚え直すことを繰り返してしまうのです。

次回は、この「理解の地図」をどのように作ればよいのかを、具体的な方法と実践例を交えながら詳しく解説していきます。
暗記に頼らず、知識同士を結び付け、一生忘れない学びへと変えていく方法です。
学習でつまずくことは、決して悪いことではありません。
大切なのは、そのつまずきの先に、自分だけの「理解の地図」を少しずつ描いていくことなのです。

お読みいただきありがとうございます。
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これからもよろしくお願いします。








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