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武士道と騎士道の違い

日本には武士道、西欧には騎士道という戦士の倫理観があります。
両者には共通する部分もありますが、全く違っているところもあります。


<忠誠の対象>

最も大きな違いと言えば、「誰のために戦い」、「誰に命を捧げるか」という点です。

武士道は、主君に対して絶対的忠誠を捧げています。
「義」を重んじて、主君のために死ぬことは最大の栄誉と考えられていました。
また主君が死ねば、自分も後を追うという「殉死」もありました。

一方の騎士道は、領主と騎士との契約的な忠誠です。
領主が義務を果たさなければ、去っていくことも珍しくありませんでした。
忠誠の最高位は領主ではなく神でした。

<宗教的背景>

武士道は、
仏教の「生死に執着しない無心の境地」や、
儒教の「忠、孝、礼などの社会秩序と道徳観」、
そして神道の「先祖崇拝と郷土愛」から、己を磨くというような精神的修養に重きが置かれています。

騎士道は、キリスト教の戦士であるため、教会を守り、異教徒と戦うことが義務付けられており、神の教えに背くことは、騎士としての資格を失うものとされていました。

<女性に対する態度>

女性に対する態度は対照的です。

武士道では、女性は「家」を守り、夫を支え、時には自分もナギナタを手に戦う強さが求められました。

一方の騎士道は、貴婦人のためにたたかい、その貴婦人に貢献することが騎士の価値を高めるとされ、これが現代の「レディファースト」の起源とされています。

<戦闘スタイル>

「武士なら正々堂々と戦え!」、よく映画などで見るシーンです。
名を名乗り、一対一の一騎打ちを重んじていました。

騎士道は、重装備の騎兵として、力強く勇敢に戦うスタイルです。

「武士道は死ぬまでやる、騎士道はやれる範囲でやる」という言葉もあります。

<死の考え方>

武士にとっての死は、名誉を全うするための手段で、切腹も失敗や恥辱をそそぐために自ら命を絶つことで自分の責任を証明する崇高な行為でした。
「武士とは死ぬことと見つけたり」という言葉は有名ですね。

キリスト教では自殺は最大の罪とされています。
ですから騎士道には切腹という概念はありません。
失敗した場合は、神に懺悔し、武功をあげることで名誉を回復しようと努めます。
捕虜になっても身代金を払って生還することが一般的でした。

私も生と死について記事を書いています。よかったらご覧ください。

<まとめ>

武士道は「いかに死ぬか」という内向的自己規律を大切にしているのに対し、
騎士道は「神と社会のためにいかに行動するか」という外向的社会規範に重きを置くという違いがありますが、
どちらも「弱きを助け、卑怯を嫌う」という精神は共通しています。

しかし、その時代に実際に戦う戦士たちが武士道や騎士道を守っていたわけではなく、もっとドロドロしたものでした。

これらは後世になって理想化されたものなのです。

近代では武士道は国家道徳として政治利用され、騎士道は理想的男性像としてロマン化されてきました。

あなたはどちらの精神がお好みですか。

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