忘れてしまった思いやりの心
皆さんは、SNSなどでドジャースの大谷選手がベンチでチームメイトのためにコップに水を汲んでいる写真をご覧になった事がありますか?

この様子を見て、あなたはどう思いましたか?
「大リーグ屈指の選手が水汲みしてるところなんて見たことないぞ、凄いな大谷!」ですか?
それとも「みんなこれ見て騒いでるけど、ただチームメイトのために水汲みしてあげてるだけじゃないか。手が空いてたらするのは当たり前のことじゃないか。」となりますか?
アメリカのメディアも日本のメディアもこの献身的な姿に感動したコメントを寄せていました。
大谷選手は、グラウンドにゴミが落ちていたら拾ったりもしています。
大谷選手曰く、ゴミを拾うことは運を拾うことにつながるそうです。
みんなどうしてこの姿に感動するのでしょう?
子供の頃は、「人に親切にしましょう」とか、「困っている人がいたら助けてあげましょう」などと教わったものです。
それが人間大人になって偉く?なると、「そういうことは下の者にやらせればいい、オレ様がすることじゃない。」という気持ちになってくるからです。
サッカーの観戦で日本の観客がゴミを全部持ち帰ってきれいにしていることに対し、掃除の係りの仕事を奪うという人がいますが、どこかの王様が言いそうな意見ですね。
かくいう私も、「ホーあれだけ大物になってもああいうことができるなんて偉いなあ」と正直感動しました。
「当たり前のことを、ただ当たり前のように実行すること」、これは出来そうで出来ないようになってしまっている自分に気付かせてもらいました。
スポーツは基本が大事ですが、子供の頃に教わった人生の基本もおろそかにできませんね。
何事も「初心忘るべからず」ということです。

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