絵本の読み方について

現役の頃、絵本の読み方研修を受けました。

それと別に新任研修でもいろんな地域の新任先生が集まってグループごとに絵本の読み聞かせ合いをして、
いろいろ感想言い合ったりして、今思うと面白くありがたい機会だったなぁと思います。

当時、私の習得した絵本の読み方の極意とは、読み手が抑揚をつけすぎないこと、でした。
聞き手の子どもたちが、いろいろに想像して楽しめる余白を残すことが重要だということでした。

でも現場であまりにも淡々と読んでしまうと、小さな子どもたちにとっては、いわゆるウケが悪いというか、味気なさを感じました。

新任研修で、さて、どうしたらいいんでしょうね、抑揚をつけるか、つけないか、ウケなくても淡々と読むのが子どもたちのためになってるのか・・・一体何が正しいんでしょうかね、と意見したら、

「自分がいいと思ったやり方を選べばいいんじゃない?」

と、どこかの新任の先生が言ってくれました。


色あせない金言でござる。

これが、育児書などの情報が溢れかえる世の中で、親が(私が)右往左往してしまわないための、極意!(笑)


その後、現役を離れてから、シュタイナー教育の本でも絵本の読み方を学びました。
読み手が心を込め、ストーリーや登場人物に入り込み、絵本の世界を味わいしっかりと感じていること。
でも、なりきりすぎてガチャガチャした感じではなく、
そこにはやはり聞き手の想像力を奪わない余白があるんですよねー。

ゆったりと優しい話し方や、高すぎず低すぎないトーンと言いますか。

シュタイナー幼稚園に見学に行ったことがあります。
そこで見聞きした手遊び、歌遊び、通常の幼稚園で行うリズム遊びにあたるもの(音楽に合わせて体を動かす)は、しっとりしていて、とても心地よかったです。

穏やかな気持ちになれました。
日本のわらべ歌遊びと雰囲気が似ています。


あ~!シュタイナー教育っていいわ~!このしっとりした世界の中で子どもを育てたい!って一時期はまっていた時があって、アニメのテーマソング始め、テレビから流れる飛び跳ねるようなガシャガシャした音を毛嫌いしていたことがありました。
戦隊モノなんてもってのほかだったわ(笑)それが今じゃあ(笑)

リトミック講師をやってみない?と誘われたこともあったけれど、シュタイナー教育では7歳までは習い事はさせないし、ステレオから流す機械音で手遊びしたり、ピアノの大きな音にがんがんふれさせて、音に合わせて動いたり止まったり、子どもの自由を奪ってしまってるのではないか、子どもにとって不自然なんではないかと考えすぎて足踏みしてしまったのでした。

今はまた考え方が変わって、子どもの笑顔を見てると、楽しければいいんだな!と思います。いきいき自分らしさを表現している姿に、個々人の自然体を感じるからです。

リトミック講師をするにはピアノが不安だけど、わらべ歌や親子遊び講師はチャンスがあればやってみたいな~。


やはりここでも、選択の基準は正しさじゃないんですよね。
情報の鵜呑みではなく、気に入った部分を取り入れる。
これが私の中で重要ということにここ数年で気付いてきました。


絵本の話に戻って、今の私は、絵本を読むときは字をパッと見て覚えて、なるべく絵を見ながら読みます。

絵を見て、くまちゃんの気持ちになってしゃべります。
こどもが一通り絵を見られるように、文字が少なくてもさっさと読まないで、自分も絵を眺めながら行間に思いを込めて、絵本の中の空気を感じて読みます。

そうすると、絵本の中のくまちゃんと私が重なりあって、くまちゃんに「気」が通うっていう感じがします。
そうすると、不思議と子どもがすーっと寝るんです。

うまく読もうとか、抑揚をつけて、あるいはつけないでというのは、上辺の表現なんですよね。

私自身が、絵本の世界と一体となり、絵本に寄り添い、重なり合うっていう表現をしていくことで、自分だけでなく我が子も癒されているようなんです。

寄り添うっていうことには癒しが生まれるんですね。


でも、日常では(あ~いい加減早く寝てほしい。私の時間が・・・)とか(今日は3冊も持ってきたか。しかも長いのばっかりやん)とか大人の都合が私の頭の中を駆け巡るわけだけど、読み進めてるうちに、私の心も落ち着いてきて、絵本の世界に入り込んでしまいます。

子どもの世界に寄り添うことで童心に帰れるというのは、子育てする者に与えられた楽しみですね。決してめんどくさいことばかりじゃないんだよーっと自分に確認してみました。

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