全米選手権の休養日、私たちはカニを釣りに行った―競技に本気なら、遠征中は遊んではいけないのだろうか
「遠征中に遊ぶんじゃない」
チームディナーの席で、コーチが言った。
競技者としての自覚を促す言葉だ。大会に来た以上、試合に集中する。余計な疲れを残さず、休養日も次の試合に備える。そういう意味だったのだと思う。
競技で結果を出すためには、きっと正しい。
でも、子どもの遠征や合宿で初めての土地を訪れたとき、親はどこまで「次の試合」や「練習」を優先すればいいのだろう。
試合のない一日も、体力を温存するために家で過ごすのか。
それとも、その競技が連れてきてくれた場所で、家族と新しい景色を見るのか。
短期的な結果と、その子の人生に長く残る経験。
親は、その間で何を選べばいいのだろう。
2026年6月のSummer Nationals。
私たちは全米選手権のために、一週間、オレゴン州ポートランドに滞在していた。
長男は四種目、次男は一種目に出場する。
ほぼ毎日のように、家族の誰かのトーナメントがあった。
遠征中は試合に集中すること。
余計な疲れを残さないこと。
次の試合に備えて、体と気持ちを整えること。
競技で結果を出すことを考えれば、もっともな話だ。
その言葉の正しさを理解しつつも、私は親として、一つの問いを抱えていた。
遠征中に「遊ばない」とは、どこまでを指すのだろう。
試合のない日も、家の中で静かに過ごすことなのだろうか。
せっかくフェンシングに連れられて、初めての土地まで来たのに。
六人で過ごす、ポートランドの一週間
今回は、アメリカ人の義父母も応援を兼ねて一緒に来ていた。
私たち夫婦と息子二人を合わせて、六人での大移動である。
ポートランドの中心部から車で十分ほど離れたところに、小さな一軒家を借りた。
長期の遠征では、私はホテルよりも民泊の方が好きだ。
洗濯機がある。
寝室が分かれている。
誰かが早く寝ても、ほかの人が気配を消して生活しなくていい。
何より、試合から戻ったあと、少しだけ「家」に帰ってきたような気持ちになれる。
西海岸との時差もあるため、月曜日から始まる試合に備えて、私たちは土曜日の午後にポートランドへ着いた。
今回はレンタカーも借りた。
せっかく初めてオレゴンに来たのだから、街だけではなく、その土地の自然も見てみようということになった。
試合前日に、ワイナリーへ
日曜日、私たちはワイナリーへ行った。
ワインを飲まない私はまったく知らなかったのだが、オレゴン州はアメリカでも有名なワインの産地らしい。
丘の上から見渡すと、青々としたブドウ畑が広がっていた。
屋外のテーブルでは、大人たちがワインと軽食を楽しんでいる。
犬もいる。
赤ちゃんもいる。
太陽の下で、時間がゆっくり流れていた。
大人にとっては最高の空間だった。
子どもたちは本を読んだり、スナックを食べたり、それぞれ好きなように過ごしている。
翌日から全米選手権が始まる。
けれどその時間だけは、剣の音も、審判の声も、ランキングの話も聞こえなかった。

初日はよかった。翌日、突然崩れた
長男の最初の試合はジュニア、U20だった。
14歳の長男にとって、一番厳しいカテゴリーである。
相手は年上で、体格も経験も違う。
私は不安だった。
ところが、本人はそんな私の心配をよそに、のびのびとフェンシングをしていた。
動きも軽い。
強い相手を怖がらず、むしろ楽しんでいるように見えた。
翌日はカデ、U17だった。
ところがこの日は、前日とは別人のようだった。
本人にも私たちにも、何が起きているのかよくわからなかった。
厳しいU20を戦った疲れなのか。
連日の試合の影響なのか。
時差や睡眠なのか。
成長期の体の変化なのか。
それとも、本人にも言葉にできない何かがあったのか。
今も原因はわからない。
そして、その二試合を終えた翌日が、唯一の休養日だった。
私たちは、その日にカニを釣りに行った。
動画で見つけたカニ釣り
きっかけは、ポートランドについて調べているときに、たまたま見つけたカニ漁の動画だった。
映っていたボートの名前を頼りに検索すると、一般の人でも体験できる場所が見つかった。
「Kelly’s Brighton Marina & Campground」
事前にオンラインでカニの捕獲ライセンスを申請し、ポートランドからオレゴンの海岸へ向かって、車を二時間ほど走らせた。
そこには、私たちにとって初めての体験が待っていた。
モーターボートを借りる。
簡単な操作方法の説明を受ける。
時間にして、たぶん二分くらい。
本当にこれだけで出ていいのだろうか。
少し不安になりながら、浅瀬へ向かった。
海とつながっているものの、湾になっているため波はほとんどない。

水面は静かだった。
カニを捕る網の中には、餌として大きな魚の頭が、そのまま入れられていた。

目が合う。
こちらをにらんでいる。
その網を、フリスビーのように水平に投げる。
少し離れたところに、また別の網を投げる。
十分ほど待つ。
ボートで網のところまで戻り、ロープを引き上げる。
やることは、それだけだった。
家族全員の「おおおおお!」
網を引き上げると、カニが入っていた。
そのたびに、家族全員の声がそろう。
「おおおおお!」

しかし、実際に持ち帰れる大きさの雄のカニは、ほとんどいない。
最初は雄と雌の見分けがつくだろうかと思ったが、やってみると案外わかるようになった。
カニをつかんで確認し、海へ戻す。
網を投げ、待ち、引き上げ、また仕分ける。
その繰り返しだった。
ただ、私たちには大きな誤算があった。
まさか、こんなに濡れるとは思っていなかった。
網を引き上げると、水が跳ねる。
カニを仕分けると、また水が飛ぶ。
気がつけば、服もパンツもびしょびしょだった。
長男は後半になると、
「もう濡れるの、嫌なんだけど」
と文句を言っていた。

それでも私は今も、網の中にカニが見えた瞬間のみんなの声と、海の潮の匂いを覚えている。
最後は、自分たちで捕ったカニをその場で茹でてもらった。
一緒にハマグリも頼み、六人で黙々と殻をむいた。
カニの身は驚くほど詰まっていた。

何もつけなくても味が濃い。
新鮮という言葉が、そのまま味になったようだった。
誰もそれほど話さなかった。
ただ無心になって、カニの身をほじくった。
思春期の子どもたちと過ごす時間には、会話がなくてもいいことがある。
同じものを見て、同じものを食べ、同じことに夢中になる。
それだけで、家族の時間になる。

何もしない一日の方がよかったのか
不調は、カニ釣りの前日のU17ですでに始まっていた。
だから、カニ釣りが不調の原因だったわけではない。
それでも、その後の試合でも調子が戻らない長男を見ながら、私は考えた。
すでに疲れていたのなら、二時間かけて海まで行くのではなく、家で何もしない一日にした方がよかったのだろうか。
ボートに乗り、網を引き上げ、全身びしょ濡れになる一日ではなく、ただ眠り、体を休ませるべきだったのだろうか。
「遠征中に遊ぶんじゃない」
コーチの言葉が、また頭に浮かんだ。
答えは、今もわからない。
家で休んでいたら、その後の結果が変わったのか。
カニ釣りに出かけたことで、回復が遅れたのか。
確かめる方法はない。
子どもの結果が悪いと、親は自分の選択の中に原因を探したくなる。
何を食べさせたか。
何時に寝かせたか。
どんな言葉をかけたか。
どこへ連れて行ったか。
原因が見つかれば、次は間違えずに済むような気がするからだ。
でも、競技の不調は、そんなにきれいに説明できない。
コーチと親では、見ている時間が違う
コーチには、選手を勝たせるという重い責任がある。
大会でよい結果を出せるように、集中させ、体調を整え、余計なリスクを減らす。
だから「遊ぶな」という言葉には、競技者としての合理性がある。
それを間違いだとは思わない。
一方で、親である私たちは、目の前の試合だけを見ているわけではない。
もちろん、勝ってほしい。
努力が報われてほしい。
せっかく遠くまで来たのだから、できる限りよい状態で戦ってほしい。
でも同時に、その子が競技をやめたあとにも残るものを見ている。
この一年、私はフェンシングのおかげで、子どもたちと知らないアメリカをたくさん見た。
自分たちだけなら、旅行先として選ばなかったであろう街へ行った。
その土地でしか食べられないものを、笑いながら食べた。
疲れすぎて、誰も話さず黙々と食べた日もあった。
それでも、一緒に海を見た。
山を見た。
知らない街を歩いた。
思春期の彼らと、こうして家族で旅ができる時間は、思っているより短い。
数年後には、自分の友達と旅行するようになる。
家族の旅行にも、ついてこなくなるかもしれない。
そう考えると、試合の順位よりも、みんなでカニの網を引き上げた日の方が、私の中には長く残るような気がしている。
あの日は、失敗だったのか
競技者としての回復だけを考えれば、家で静かに過ごす方がよかったのかもしれない。
それは今もわからない。
私も、次の遠征で同じ選択をするとは限らない。
本人の体調によっては、何もしない一日を選ぶと思う。
それでも、家族で網を引き上げ、カニを見つけて一斉に声を上げたあの日を、私は失敗とは呼べない。
親は、次の試合の結果と、その子の人生に長く残るものの間で、何度も迷う。
どちらか一方を選べば、いつも正解になるわけではない。
短期的な結果を大切にする日もある。
家族の記憶を選ぶ日もある。
その境界を、私たちはきっと、これからも探し続ける。
フェンシングが見せてくれた景色
競技をする本人にとって、遠征は楽しいだけのものではない。
試合が近づけば緊張する。
負ければ苦しい。
結果が出なければ、遠くまで来たことさえ重く感じるかもしれない。
だからこそ私は、フェンシングの結果だけではない何かが、彼らの中に残ってほしいと思う。
オレゴンの海の匂い。
網を引き上げたときの重さ。
カニが見えた瞬間に、みんなの声がそろったこと。
濡れた服が気持ち悪いと、長男が文句を言ったこと。
その場で茹でたカニを、みんなで夢中になって食べたこと。
それがフェンシングの上達に役立つのかと聞かれたら、わからない。
次の勝利につながったのかと聞かれれば、そうではなかったかもしれない。
それでも私は、フェンシングのために人生を狭くするのではなく、フェンシングによって人生の景色を増やしたい。
その景色が、いつも次の勝利につながるとは限らない。
けれど、勝利よりも長く残るものがある。
全米選手権の結果を思い出すと、今も少し胸が痛む。
でも、オレゴンの海を思い出すと、最初に浮かぶのは、網の中のカニを見たときの家族全員の、
「おおおおお!」
という声だ。
たぶん、それもまた、フェンシングが私たちにくれたものなのだと思う。
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競技の結果そのものよりも、今でも鮮明に思い出せる「あの時の景色」はありますか? フェンシングに限らず、スポーツや習い事が連れて行ってくれた場所での思い出があれば、ぜひコメントで聞かせてください。
