不器用な愛の書き方
第二章:グッドゴハン
夕方の定食屋「おふくろの味」は、忙しさのピークを越えて、落ち着いた時間が流れていた。
カウンター席で食後のお茶をすすっていた中原の横で、トゥピが足元にちょこんと座っている。
佳奈は、厨房の片づけを一段落させてから、カウンターの中から声をかけた。
「今日はいつもよりゆっくりですね。珍しい」
「たまたまだ。……原稿が煮詰まっててな」
「そんな日もありますよ。うちの息子も今日、学校帰りにぐずぐずで」
佳奈はタオルを手に、カウンター越しに笑った。
中原はトゥピの頭を軽く撫でながら、ふと口にする。
「……その、息子さん。食事とか…どうしてるんだ。店が忙しいと、作る時間も限られるだろう」
佳奈は少し驚いたように中原を見たあと、ふっと微笑んだ。
「実は、グッドゴハンっていう団体を利用してるんです。ひとり親家庭向けの支援で、月に数回、食材とかお弁当とかもらえるんです」
「……そんな仕組みがあるのか」
「うん。助かってます。仕事のシフトが夜に入ることもあるし、コンビニ弁当ばかりじゃ栄養がね」
中原はお茶を置き、しばらく無言で湯気を見つめた。
それから、低い声でぽつりとつぶやく。
「……そこまでしないと、回らないのか」
佳奈は微笑みながらも、どこか遠くを見るような目になった。
「うーん、そうですね。うちみたいな家は、どこかで何かをもらうことでバランスを取ってる感じです」
「……」
中原は返す言葉を探したが、何も見つからなかった。
自分は、誰かに何かをもらったことがない。ずっと一人で、書くことでしか世界と接点を持てなかった。
トゥピが、足元でくぅん、と小さく鳴いた。
「……お前にはまだ、わからん話か」
佳奈が、ふと笑いながら言った。
「でも、最近この子が来てから、中原さん少し変わった気がしますよ」
「それは……気のせいだ」
答えながらも、中原の声はどこか優しかった。
ひとつの現実に触れたその晩、彼の小説には、久しぶりに誰かを想う行が書き加えられた。
