夜を歩く少年、家の灯と街に昇る陽を眺めて
とくに理由はないが、子供のころから夜によくひとりで歩いてた。
小学校低学年ぐらいからだろうか。
別に家庭崩壊していたわけでも、やさぐれてたわけでもない。
ただ、夜に抜け出せる隙がある家庭や家の作りだっただけだ。
また、今と違い、当時はまだ世の中も緩かった。
条例もない。
バレて怒られるということがなければ、問題がない世界だった。
そして、大人になった今も、たまに夜を歩く。
徘徊してる。
どちらかというと、今の方がいろんな意味で危ない気もする。
夜に歩きながら、いまだに子供のころと同じことを感じる。
夜に歩く心地よさがある
子供のころから、夜に歩く独特の心地よさを感じていた。
夜は暗いが、怖いというより非日常感がある。
誰もいない道。
静かな住宅街。
遠くで聞こえるテレビの音や車の音。
昼間は当たり前に人がいる場所から、人の気配だけが薄く消えている感じ。
少し心細い。
でも、それが嫌ではなかった。
むしろ、自分だけがまだ起きていて、
自分だけが夜の中を歩いている感じが好きだったのかもしれない。
そして、住宅街の家の灯を見るのが好きだった。
カーテン越しの明かりや、
なんとなく見える人影を見て、「いいなぁ」と思っていた。
別に自分が不幸だったわけでも、何かから逃げていたわけではない。
ただ、誰かが家の中で過ごしている感じに、
妙な安心感や切なさを感じていた。
その感覚は今もそのままで夜を歩いている。
夜を歩いて外とつながる
夜を歩いていたのは、ひとりになりたいという部分もあったと思う。
ただ、子供のころはそれだけではなく、冒険している感覚もあった。
昼間にひとりでいることはあっても、夜にひとりでいるのはまた別だ。
子供にとって、夜にひとりになれる時間なんてあまりない。
ましてや、外に出ることはもっとない。
みんなが家にいる時間に、自分だけ外を歩いている。
その感じが少し特別だった。
誰もいない道を歩きながら、住宅街の家の灯を見たり、ラジオを聞いたりしていた。
夜の自販機で、初めてホットコーヒーを買ったのもその頃だった気がする。
温かい缶を持って夜道を歩く感じも好きだった。
昼間には小銭を探す場所だった自販機が、夜にはしっかりと休憩ポイントに成長したわけだ。
ひとりで歩いている。
でも、完全に世界から離れている感じではない。
遠くに人の気配がある。
生活の気配がある。
目に見えない電波に乗って、音楽も届く。
自分は夜を歩きながら、
外とつながっている感じを味わっていたのかもしれない。
夜の学校に忍び込む
ある日、夜に学校へ忍び込もうという話をしている連中がいた。
自分は最初から誘われていたわけではない。
ただ、その話が聞こえて、「なにすんの?」と聞いたら説明が始まり、
そのまま話し合いに混ざっていた。
当時は学校の怪談みたいなものが流行っていた。
4時44分に理科室へ行くだとか、トイレをノックするだとか。
今思えばよくわからない話ばかりだが、そういうものが流行っていた。
最初は「0時集合」という話だった。
子供にとっての0時はかなり特別だ。
もう夜というより、完全にヤバい時間みたいな感覚があった。
しかも、金曜の夜に集まって屋上で遊んで、そのまま土曜の半ドン授業を受けて帰る計画らしい。
当時は、窓が開いてたり警備もなかったから、忍び込むのは難しくない。
自分も、夜歩きで学校を見に行くこともあったし、忘れ物を取りに行くために、少し遅い時間に正規ルートではない入り方をしたこともあった。
話を聞いて面白そうだから、自分もいっちょ噛みさせてもらうことにした。
だけど、0時から朝までは長すぎないか、と思った。
「午前4時ぐらいならまだ暗いし、学校着いてなんやかんやしてたら朝になるし、そこから学校始まるまで3時間ぐらいだろ」
みたいな話をして、午前4時に指定の公園に集合みたいな流れになった。
夜の学校にひとりへ向かう
そして、当日になった。
まだ暗い時間に、指定された公園へ向かった。
子供にとっての早朝4時は、ほとんど深夜みたいなものだ。
空気も静かで、街全体がまだ眠っている感じがあった。
でも、誰も来なかった。
まあ、来ないかもしれないな、とは当時から少し思っていた。
子供の約束なんてそんなものだし、朝4時集合なんてなおさらだ。
少し待ったが、誰も来る気配はない。
ただ、不思議と腹も立たなかった。
抜け出せなかったか、バレて止められたかもしれないし、
ノリで話してただけで、誰も行かない前提の遊びだったのかもしれない。
準備したのに帰るのもなんだし、どうせ数時間後には登校する。
せっかくここまで来たんだからと、自分だけでも行くことにした。
渡り廊下の窓から入って、下駄箱に向かってから屋上へ行った。
やることもないので、屋上のベンチに座ってぼーっとしていた気がする。
ラジオを聞きながら、ブルーベリーガムを噛んでいた。
飽きたら図書室へ行って、本でも読んでいればいいか、ぐらいに考えていた。
ひとりのくせに朝まで屋上にいようと思っていたのも、朝陽が昇れば教室の電気をつけなくても過ごせると思っていたからだ。
今思えば、意外と冷静なガキだ。
屋上で自分が見た街の夜明け
1時間もしないうちに、朝陽が昇り始めた。
暗かった街が少しずつ色づいていく。
夜が終わって、また新しい1日が生まれていく感じがした。
屋上からそれをぼーっと眺めていた。
夜明けと夕焼けって、なんか似てるな、
とか、バカみたいなことを考えていた気もする。
ただ、あの時間の空気は妙に気持ちよかった。
誰も来なかったし、特別なことも起きていない。
学校の怪談みたいな出来事もなかった。
でも、自分だけで見たあの街の夜明けは、ずっと記憶に残っている。
「来てよかったな」
本当に、そう思ったし、それだけだった。
この印象が強いのか、去年この記憶をもとにあんま関係ないのだけど、
「学校の怪談のような小説」を書いてみたりした。
それだけ、なんか心に残っていることなのかもしれない。
そして、おっさんになった今も、たまに夜を歩いている。
ラジオはiPodに変わったが、やっていることはあまり変わらない。
夜の誰もいない感じも、
住宅街の家の灯を見て少し切なくなる感じも、
世界と薄くつながっていたい感じも、
子供のころからずっと変わっていない気がする。
いいなと思ったら応援しよう!
もらえることってあるのだろうか、
いただけるなら遠慮なく使わせていただきます!