小さな「試行錯誤」の積み重ねが「思考と覚悟」を作る
「ちょっと試したことがあったから今度話すわ」
この前、知り合いのマーケターの女性からそんな連絡が来た。
別に大規模な施策の話ではない。
世界を変えるような革命でもない。
ちょっとしたことだ。
たぶん本人からしても、「まあ試してみただけ」ぐらいの感覚だと思う。
でも、自分はその連絡を見て「ちゃんとしてるな」と思った。
もちろん、自分がその人を好意的に見ているという理由だけでそう感じたわけではない。
むしろ、内容だけ見れば当たり前のことではある。
仕事の中で小さく試して結果を見る。
それを共有するのは義務ではないが、関係性があれば自然ともいえる。
言葉にすると、本当に普通である。
ただ、この普通のことを、ちゃんと自分でやって、自然に共有してくれる人は、実はかなり少ないし、得難い存在でもある。
そして、マーケターという仕事において、この「小さい試行錯誤」はかなり重要だったりする。
大きいことより小さいことのがデカい
マーケティングの仕事というと、どうしても大きい施策の話が目立つ。
しかも大きさというのは予算や規模の話だったりする。
もちろん、それらが悪いわけではない。
ただ、実務をしているとわかる。
ああいうものは、意外と「自分の力だけでどうにかなる領域」ではない。
そして、規模が大きくなればなるほど、「個人の工夫」で動かせる範囲は小さくなったりもする。
一方で、小さいことは違う。
自分で作って出す。
導線や順番を変える。
文言や見せ方を少し攻める。
そういう小さいことは、自分で思いついたら、自分で試せる。
しかも、予算もほとんどいらない。
極端な話、今日思いついて、今日動ける。
これが、かなりデカい。
しかも、小さい試行錯誤は、外しても致命傷になりにくい。
せいぜい、「あんまり変わらなかったな」とか、「こっちの方は微妙だったな」ぐらいで終わる。
つまり、小さいことは何度も試せる。
そして、その何度も試せるが重要なのだと思う。
マーケターは繰り返したものが、だんだん自分の血肉になる。
小さい改善。
小さい工夫。
小さい仮説。
それを自分で考えて、自分でやって、自分で結果を見る。
この積み重ねは、あとから意外と馬鹿にできない差になる。
最初は「ちょっと試すだけ」のものでも考える癖がつけば、いつの間にか思考も鍛えられている。
自分で試した結果を受け止め続けるうちに、「じゃあ次はこうしよう」という覚悟みたいなものも少しずつできていく。
たぶん、仕事ができる人というより、自分で前に進める人というのは、こういう小さい試行錯誤を軽視しない人なのだと思う。
小さいことほど意外とやらない
「じゃあ小さいことを試せばいいだけじゃん」と思うかもしれない。
実際、その通りではある。
大規模な予算もいらない。
会社全体を巻き込む必要もない。
失敗しても大事故になりにくい。
だから、理屈だけで言えば、小さい試行錯誤をやらない理由はない。
ただ、実際はこれが意外とやられない。
忙しい。
後でやろうと思う。
優先順位が下がる。
何となく面倒になる。
それっぽい理由はいくらでもある。
もっと言えば、小さい試行錯誤のアイデア自体をあまり思いつかないというか、考えるに至らない人も多い。
もちろん、これは能力が低いとか、センスがないとか、そういう単純な話ではない。
そもそも、「何か変えられないか」「もっと良くできないか」を考える習慣がないと、小さい改善案は意外と浮かばない。
それとなく「なんでだろう」と口では言うが、顔をしかめてるだけって連中は少なくはない。
だから、「タイトルを変えてみようかな」とか、「順番を変えたらどうだろう」とか、「この言い回しの方が伝わるかも」とか、そういう発想は勝手には湧いてこない。
逆に言えば、小さい試行錯誤を繰り返す人は、常にどこかで「もう少し何とかならないか」を考えている。
だから自分は、冒頭の「ちょっと試したことがあって」という連絡に、ちゃんとしてるなと思ったのだ。
大したことじゃないと言えば、大したことではない。
でも、その大したことじゃないことを、自分で試して、結果を見て、また考えるというのは、とても大事なことだと思う。
そして、それを共有してくれるのは同じマーケターとして非常に有難い。
今の最適は明日更新が必要なもの
そもそも、マーケティングという仕事は小さい試行錯誤を繰り返す前提の仕事だと思っている。
だから「当たり前のこと」という表現も、そういう意味も含む。
本来は、「少し試す」「結果を見る」「また変える」は、自然に繰り返されるものなのである。
ただ、その当たり前が意外とされない。
急激に数字が落ちていなければ、そのまま。
大きな問題になっていなければ、そのまま。
何となく回っているから、そのまま。
そうやって、現状維持の感覚になっていく。
もちろん、現状維持が悪いわけではない。
ただ、マーケティングの世界は、こちらが止まっていても勝手に周囲が動いていく。
ユーザーの感覚も変わる。
媒体も変わる。
競合も変わる。
アルゴリズムも変わる。
つまり、自分が何もしなくても、環境側が勝手に「昨日までの最適」を古くしていく。
だから、本当は更新していく前提でないと、現状維持すら難しい。
しかも厄介なのは、大きな変化が来た時には、もう小手先ではどうにもならないこともあるという点だ。
急激な仕様変更。
市場の変化。
流行の移り変わり。
そういうものが来た時、「今まで通り」で積み重ねていたものが、一気に崩れることも普通にある。
だからこそ、自分はマーケターという仕事において、常に現状を疑う感覚はかなり重要だと思っている。
今のやり方は本当に最適なのか。
もっと良くできないか。
別の見せ方や別の道はないか。
そういう小さい問いを持ち続ける。
そして、実際に少し触ってみる。
その積み重ねが、思考になり、変化に対応する覚悟にもなっていく。
極端な話、それがないなら、マーケターをやる意味はあまりないのではないかとすら思う。
小さい試行錯誤が思考と覚悟を紡ぐ
小さい試行錯誤というのは、ただの作業ではない。
何を変えようと思ったのか。
なぜそこを触ろうと思ったのか。
どう良くなると考えたのか。
小さい改善には、その人の視点や仮説がそのまま出る。
しかも、自分で試したものは、成功しても失敗しても意外と頭に残る。
人から聞いた話より、自分で触った結果の方が解像度が高い。
「こうしたら反応が変わった」
「これは思ったより刺さらなかった」
「こっちは意外と良かった」
そういう経験が積み重なると、少しずつ自分の感覚になっていく。
そして、その感覚が思考を作る。
逆に言えば、小さい試行錯誤をほとんどしていないと、思考もどこか借り物になりやすい。
成功事例。
誰かの理論。
SNSで流れてきた話。
もちろん、それらを知ること自体は悪くない。
ただ、自分で試していないものは、どこまで行っても聞いた話のままだ。
だから、自分は小さい試行錯誤を繰り返している人の話をわりと信用している。
少なくとも、その人は自分で考えて、自分で触って、自分で結果を受け止めている。
それは地味だが、とても大事なことだ。
小さい試行錯誤は自由なようでいて、その結果から逃げにくい。
自分で考えて、自分でやった以上、「思ったよりダメだった」も自分で受け止めることになる。
もちろん、外すこともある。
むしろ、毎回うまくいく方が珍しい。
ただ、その結果を見て、「じゃあ次はどうするか」をまた考える。
その繰り返しが、思考だけではなく、結果に対する覚悟も少しずつ作っていくのだと思う。
もちろん、やっている環境も違えば、戦っている場所も違う。
同じような施策でも、全く違う結果になることなんて普通にある。
だから、面白い。
「これが正解だった」という話だけではなく、「これは思ったより微妙だった」という話も含めて参考になる。
むしろ、小さい失敗談の方がリアルだったりする。
そういう小さい試行錯誤を持ち寄って話をしてくれる相手は学びになるだけでなく、同じように走っているマーケターとして嬉しくもあり、負けられないと思わせてくれる。
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