経済財政運営と改革の基本方針(骨太方針)2026原案公表
執筆者:古閑由佳
6月30日の経済財政諮問会議にて、骨太方針2026の原案が示されました(※1)。今回の骨太方針は、経済財政諮問会議で個別施策や事業の記載は抑制すべきとの意見が出され、さらには高市総理の強い思いもあったとされ、これまでの総花的な骨太方針を見直し、スリムになりました。全体のページ数は35ページで、骨太方針2025が51ページだったのと比べると、およそ7割程度の分量です。
骨太方針2026本体に記載されなかった個別施策については、骨太方針2026のなかで引用されている「日本成長戦略」など他の政策文書などに位置付けられるものもありますのでコミットされなくなる訳ではありません。とはいえ、内容を絞られた上で骨太方針2026の本体に記載されることとなった事項は、より優先度高く進められていくものと想像できます。
「日本成長戦略」と「責任ある積極財政」
骨太方針2026では、「日本成長戦略」と「責任ある積極財政」という言葉が繰り返し登場します。
過去3年の骨太方針では、「新しい資本主義」の下で、賃上げ、人への投資、中間層の再生・包摂などが前面に出ていました。今回も経済の立て直しを主軸にしていることに変わりはありません。ただし、骨太方針2026では、「日本成長戦略」として、より産業政策、技術政策、経済安全保障を色濃く意識したものになっていると言えます。
そのための資金を確保する考え方として、「成長投資」と「危機管理投資」という言葉も多く登場します。成長投資は、将来の経済成長と雇用拡大を見据え、収益を生み出す「勝ち筋」の分野に官民連携で集中的に行う投資であると説明されています。一方、危機管理投資は、地政学的リスク、自然災害、資源・食料問題など、国家や国民の安全を脅かす事態に先手を打ち、被害を最小化し、自立的な体制を築くための投資と位置付けられています。
こうした積極投資の背景にあるのが「責任ある積極財政」の考え方です。骨太方針2026では、財政運営の目標として、国・地方を合わせた債務残高対GDP比の安定的な低下を中核に据えるとされています。この財政運営目標は、骨太方針2026の大きな特徴の一つです。骨太方針2025までの対比として、「財政健全化」の文言がないことや日銀への期待感の書きぶりが市場に動揺を与えている可能性もあるということで現在調整中との報道もありますが、財政論の詳しい評価は専門家による解説に期待することとし、このnoteでは、政策コンサルティングのコンサルタントである筆者が個人的に気になった点を取り上げたいと思います。
注目点1:スタートアップ政策は今度こそ実効性を持つのか
まず注目したのは、17の戦略分野を中心として、危機管理投資や成長投資を官民一体で進め、強い経済の好循環の実現を目指すとの記載に続いて、「我が国を世界有数の知的創造・イノベーションの拠点とするべく、スタートアップの振興などによって、中長期的な成長力強化を図る」とされている点です。あわせて、人材力の強化、絶え間ない規制・制度改革による企業の挑戦を促す環境整備等を通じ、中長期の成長力を引き上げるとも記載されています。
スタートアップ政策については、2022年に「スタートアップ育成5か年計画」が策定されました。そのロードマップによればスタートアップへの投資額は2027年に10兆円規模、ユニコーンの数は将来的に100社創出とする目標が掲げられています(※2)。しかし現在のところ、これには遠く及ばない状況で、投資額は策定された2022年の9,909億円をピークに2025年は7,613億円(※3)まで低下したとされ、ユニコーンは2022年時点の6社から、直近では8社(※4)にとどまるとされています。
こうした中、本年5月20日には「スタートアップ総力創出パッケージ」が公表されました。同パッケージでも、スタートアップ5か年計画の目標達成に向けて取り組む姿勢は維持され、スタートアップへの投資額10兆円規模、ユニコーン100社創出、スタートアップ10万社創出の目標は取り下げられていません。
弊社でもスタートアップとのおつきあいは多いのですが、スタートアップ5か年計画が策定されて以降、スタートアップが顕著に事業をやりやすい環境になったという声を聞くことはあまりありません。それでもなお骨太方針2026は引き続きスタートアップを中長期的な成長力強化の担い手として位置付けています。ディープテック等の特定の領域にフォーカスされた振興になるのかもしれませんが、スタートアップのスピード感、イノベーションに対する熱量、チャレンジ精神等は我が国の長く続く停滞感を打破するのに、有効なギアになり得ます。改めて骨太方針2026にこのような記述が入った以上、今度こそ実効性ある施策が講じられることを期待したいと思います。
注目点2:規制・制度改革は「絶え間なく」行えるのか
また、「絶え間ない規制・制度改革による企業の挑戦を促す環境整備等」にも期待したいところです。政策コンサルティングを行っている弊社では、企業の挑戦の足かせになっている規制や制度についてのお悩みを多く伺いますが、少なくともこれまで、絶え間なく改革の取組が図られているように見える事案は多くありませんでした。
時代が変化しているにもかかわらず、規制や制度が変わらなければ、新しい事業や技術が円滑に社会実装されるはずがありません。スタートアップ政策と併せて企業の挑戦を阻む規制・制度について、骨太方針2026にて示されたとおりに絶え間なく見直しが行われることを期待します。
注目点3:「PDCA」は実効性を伴うか
骨太方針2026では、「PDCA」という言葉も複数回登場します。何らかの施策を実施する際にPDCAを回すことは、民間企業においては当然のことであり、政府が実施する施策についてもこれを確実に行うべきことに大きな異論はないところだと思います。ただし、実効性のあるPDCAでなければ、あまり意味はありません。
実効性のあるPDCAのためには、まず適正なKPIを設定することが不可欠です。漠然とした実施項目や根拠の乏しい数値目標では、何が足りていないのか、どこを改善すべきなのかを検証できません。適正なKPIとは、達成に必要な要素を因数分解し、そのうち施策を設計・実施する者が一定程度コントロールできる事項に基づくものであるべきです。
たとえば、骨太方針2026でも引用されている「労働供給制約社会における中堅・中小企業の「稼ぐ力」強化戦略」ではいくつかのKPIが設定されています(※5)。このうち「2028年度までに新規輸出1万者支援プログラムにおける 輸出実現1万者を達成する」というKPIは、このプログラムの認知度向上、支援対象の拡大、支援内容の充実などによって、一定程度、数値をあげるために政府でコントロール可能な要素があります。また、これまでの実績に照らして、数値目標にも一定の確からしさがあるものと思われ、KPIとしてそれなりに適切なものが設定されているものと思われます。
これに対し、「今後5年間で100億企業を2,000社増加させる」というKPIは、政府が直接コントロールできるものとは言い難く、KPIとして適切とは評価しにくいと感じます。経営者自身であっても、自社が売上高100億円を達成することをコントロールすることはなかなか難しいものです。ましてや売上を上げる当事者ではない政府はコントロールのしようがなく、それをKPIとして掲げても、達成できなかった場合に有効なアクションは取れず、コミットのしようもないのでKPIを掲げることの意義が薄れてしまいます。
そして、PDCAを回すという以上、Checkを行い、その結果を踏まえてActionを起こせる設計でなければなりません。適正なKPIをたて、当該KPIと実績との差を確認したならば、その差を是正すべくActionを起こす必要があります。しかし予算化してはじめてActionをとれるという行政の予算編成の仕組みの下では、機動的な対応は望めません。骨太方針2026では、予算の作り方を変えていくことについても言及があります。それが政策運営の機動性を高める改革につながるのであれば、大いに期待したいところです。
また、施策の中には、一つの省庁だけで実施できるスポット的な対応では大きな効果を生みにくいものもあります。たとえば骨太方針2026の「規制・制度改革の徹底」の項目には「府省庁横断の連携体制を強化」という文言が出てきますが、この観点は非常に重要です。縦割りを超えて政策を動かせるかどうかが、PDCAの実効性を左右すると考えます。
注目点4:防災・減災・国土強靱化とデジタルツイン
骨太方針2026は、先述のとおり、前年までと比べて個別施策の記述はかなりコンパクトになっています。そんな中、防災・減災・国土強靭化については比較的しっかり書き込まれています。
骨太方針2026では、シミュレーションを通じた災害リスク評価や、防災教育や実践的な普及啓発を推進すべき旨に言及されています。これに適したツールの一つが、先月投稿したnote「データが命を救う時代へ―防災DX・デジタルツイン・防災庁構想を考える」(※6) でもご紹介したデジタルツインです。政府が自治体を後押ししながら、災害リスクの可視化や住民への啓発、避難計画の高度化にデジタルツインが活用されていくことを期待します。我が国にはさまざまな課題がありますが、災害への対応は今を生きる人の命に直結することです。最優先で持てる技術を実装し、対策を進めるべき事項です。
まもなく閣議決定へ
骨太方針2026の閣議決定は、当初7月中旬の閣議決定を目指すとされていましたが、前述のとおり、いまだ調整が続いていると報道されており、なお修正が入る箇所があるようです。
骨太方針に記載された内容は、今後の予算編成、制度改革、各省庁での施策の設計図的位置づけとなるものです。それは単なる方針文書ではなく、政府の政策資源の配分を方向付ける重要な文書です。引き続き、しっかり注目していく必要があります。
(ここで述べる内容は、筆者の個人的な見解であり所属組織の立場や意見とは異なる場合があります。)
※内閣府「経済財政運営と改革の基本方針」
(1)内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2026(原案)」(2026年6月30日経済財政諮問会議資料)
(2)内閣官房「スタートアップ育成5か年計画」(2022年11月)
(3) Japan Startup Finance 2025 株式会社ユーザベース調査
(4) 内閣官房「スタートアップ総力創出パッケージ」
(5)中小企業庁「労働供給制約社会における中堅・中小企業の『稼ぐ力』強化戦略」
(6) データが命を救う時代へ―防災DX・デジタルツイン・防災庁構想を考える
古閑由佳のプロフィール

東京エレクトロン株式会社新卒入社を経て、ヤフー株式会社に入社。ヤフーでは当社代表の下で法務部から政策企画部門を立ち上げ、法務部長、政策企画本部長を務める。急成長するヤフーやグループ会社のビジネスを法的側面から支援するとともに、官公庁、その他関連各所との折衝を行い、健全なインターネットサービス発展のための適正な枠組み構築に尽力。取締役会事務局を担う等、ヤフーのコーポレートガバナンスの骨格を構築した。その後、金融ビジネス部門に異動し、金融本部長、ジャパンネット銀行(現PayPay銀行)代表取締役を歴任し、日本銀行出向時の経験も活かしてヤフー(旧Zホールディングス、現LINEヤフー株式会社)グループにおける金融ビジネスの拡大に努める。投資会社に所属後、紀尾井町戦略研究所に参画。現在、上場企業の社外取締役や一般社団法人ソフトウェア協会の理事も兼職。金融庁の金融審議会ワーキンググループ他、多数の政府会合の委員や新藤義孝衆議院議員が経済財政政策担当大臣在任中(2024年まで)の私的懇談会のメンバーも務めた。
