「ゆきてかへらぬ」(備忘録的感想)
長谷川泰子と言う人はまったく知らなかったが「中原中也との愛 ゆきてかへらぬ」という図書があり、それが原作かと思った。
しかしそうではなく、映画のオリジナル作品のようである。
駆け出しの女優長谷川泰子(広瀬すず)は20歳の時に京都で、17歳の学生だった中原中也(木戸大聖)と知り合い一緒に暮らすようになる。
しかし泰子は潔癖な面があり、中也とはすぐには肉体関係にはならなかった。
ある日中也が女郎を買いに行くと言ったため、泰子はただならぬ感情を抱く。
中也が戻ってきたときに泰子は怒っていたが、中也は女郎を買ったのではなく友人の富永に会いに行っていたのだと泰子に告げる。
そこから二人の本当の恋愛が始まった。
しばらくすると富永が結核の療養のため、東京の実家に戻ることになった。
泰子は映画村でマキノ組の端役の仕事を得ていたが、主演女優と問題を起こし干されていた。
中也はもう京都には興味がないから上京しようと泰子を誘う。
東京には、富永との共通の友人である小林秀雄(岡田将生)がいた。
小林は二人が同棲する部屋に現れ、中也と仲良くする。
その姿に泰子は嫉妬した。
一方小林は、エキセントリックな泰子にどんどん惹かれていく。
泰子も小林の事を好きになっていた。
泰子は中也と住む部屋を出て、小林の部屋に移り住む。
しかし同時に中也のことも愛していた泰子は、次第に精神のバランスを崩し始めた。
監督根岸吉太郎、脚本田中陽造は「ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~」のコンビで、根岸吉太郎は「ヴィヨンの妻」以来16年ぶりの監督作品だ。
文学的な作品であることを想像し、おおよそは想像通りだったのだが、ちょっとイメージが異なっていた部分もあった。
一番違和感を感じたのは、木戸大聖の中原中也だ。
それは木戸大聖の演技力に問題があった、という事ではない。
中原中也はよく言えば奔放、悪く言えば人格破綻者のイメージだ。
天才であるがゆえに感性で行動し、周りを振り回す、と言う人間だったように思っていた。
中也の詩集を読んだこともなく、メディアで伝えられる情報のみで私が勝手にイメージしていただけで、実際にはそれほどでもなかったのかもしれないが、それでも今回の木戸大聖は、いい意味でも悪い意味でも真面目な印象が強く、奔放さがまったく感じられなかった。
ちょっと、と言うよりはまったく中原中也に見えなかった。
逆に長谷川泰子の方が私がイメージしていた中原中也に近く、そのあたりでギャップを感じてしまった。
広瀬すずは「キリエのうた」で悪女を演じており、今回はそれとは違う人格破綻者を演じていた。
優等生イメージから完全に脱却したと言っていいだろう。
岡田将生も、理屈っぽい男の役がよく似合っていた。
それだけに、木戸大聖だけが浮いてしまった感じが強くなってしまったのかもしれない。
期待して観に行き、まずまずの完成度だとは思ったが、ちょっとモヤモヤ感が残った作品だった。
23.ゆきてかへらぬ
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