未熟なわたしたちと、見守るまなざし
こんにちは。華です。
私は今日、お休みです。一昨日から逮捕術の訓練に入りました。 道場に着くまでの間、主任に聞かれたんです。「梢さんも華さんも、あの時、訓練とはいえ暴れるわたしをを取り押さえた時、パンツのベルトを持ち上げてたけど、あれ、どこで覚えたの?」って。
本当は言いたくなかったのですが、梢と顔を見合わせ、少し間を置いてから 「父が元警察官で……詳しくは言えません」 とだけ答えました。 すると主任は、少し驚いたように目を丸くしてから、 「そうだったのね。事情が事情だから、無理に聞かないわ」 と優しく言ってくれました。
主任はそう言ってから、少しだけ表情を引き締めて続けました。
「でもね、あなたたちここでは “初心者” ということになっているの。 だから、あの時みたいな動きはしないでね。周りが混乱しちゃうから。」
その言い方は怒っているわけじゃなくて、むしろ心配してくれている感じでした。 私は思わず「すみません」と頭を下げました。 梢と華も、横で同じようにぺこりと頭を下げていて、なんだか3人で子どもみたいでした。
主任はふっと笑って、「気にしないで。覚えてることがあるのは悪いことじゃないから」と言ってくれました。 その優しさに、胸の奥が少しだけ温かくなりました。
道場に入り、ある程度まで講師の先生から教えてもらい、対等に組んで、いざ本番。
ちょっとした逮捕術をかじっていても、やっぱり初心者は初心者。頭ではなんとなく分かっているのに、体がついてこない瞬間がある。そんな自分に少し落ち込みながらも、私は昨日も稽古場の床に座り込んで、息を整えていた。
梢は、そんな私の横にすっと立って、汗を拭きながら笑った。
「華、さっきの動き、悪くなかったよ。あと半歩、踏み込みが強ければ決まってた」
その言葉に、私は思わず顔を上げた。梢は昔から、私のことをよく見ている。双子だからというだけじゃなく、姉として、私の癖や弱さを全部知っているような目で。
「でも、梢は簡単にやってたじゃん。私、全然できてないし、梢の手を狙って前に出ると倒れるしコケるし・・・」そう言うと、梢は少しだけ眉を下げて、でもすぐに柔らかく笑った。
「簡単じゃないよ。私だっていっぱい転んだし、目を離せば華はそれを見逃さないし・・・」
梢がそんなことを言うなんて、少し意外だった。私の中の梢は、いつも何でもできて、私より一歩先を歩いていて、追いかけてやっと間に合う存在だったから。
休憩中にこのことを初めて梢に話しました。
「……ほんとに?」と言えば
「ほんと。思ってるより、私はずっとドジだよ」
「そうかもね~思い出したんだけど、バズから降りる時、裾を運賃箱の角にひっかけて自分からコケて・・・」
「それ、言わない約束でしょ、みんなに見られて・・・」
そう言って笑う梢の横顔を見ていると、胸の奥がじんわり温かくなる。双子なのに、どうして今日はこんなに違うんだろうと思った。でも、違うからこそ、こうして支え合えるんだと分かる。
私は立ち上がって、拳を握りしめた。
「じゃあ、もう一回やる。さっきより上手くやるから」
梢は満足そうに頷いた。
「うん。華ならできるよ。私が保証する」
その言葉は、どんな教本よりも、どんな技術よりも、私の背中を押してくれる。
私は構えを取り、深く息を吸った。初心者でもいい。転んでもいい。大事なのは、ここから先――自分の足で進むこと。
そしてその隣には、いつだって梢がいる。
角で主任が静かに、何も言わずに私たち見ていた。その視線は鋭いようで、でもどこか温度を含んでいて、私はどうしても気になってしまう。あの人の目には、私たち姉妹はどう映っているのだろう。20歳になっても、まだまだ未熟な私たちが、どんなふうに見えているのか――そう考えると胸の奥がそわそわして落ち着かなくなる。
梢はそんな私の気持ちを知ってか知らずか、いつも通り淡々と技を繰り返していた。双子なのに、どうしてこうも違うのだろう。私はすぐに周りの目を気にしてしまうのに、梢は自分のやるべきことだけを見つめている。まるで一本の芯が体の真ん中に通っているみたいに、揺るがない。
私はというと、技を決めようとするたびに、主任の視線が背中に刺さるような気がして、動きがぎこちなくなる。もちろん、主任はそんなつもりで見ているわけじゃないのは分かっている。けれど、あの落ち着いた目にどう映っているのかを考えると、胸がきゅっと縮む。
「ほら!華、集中して!」
梢の声が飛んできて、私ははっとした。
「ごめん、ちょっと気が散ってた」
「主任のこと気にしてるんでしょ」
図星を刺されて、私は思わず目をそらした。
梢は小さく笑って、私の肩を軽く叩いた。
「大丈夫だよ。主任はね、私たちのことちゃんと見てる。できてないところも、できるようになったところも。華が思ってるより、ずっと優しい目で」
その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなる。梢はいつも、私が気づけないところを見ている。主任の視線の意味まで、私より先に理解している。
私は深呼吸をして、もう一度構えを取った。主任の視線はまだそこにある。でも、さっきより怖くない。むしろ、見守られているような気さえする。
繰り返すうちに、私はふと気づいた。主任は私たちを評価するためだけに見ているんじゃない。私たちが成長する瞬間を、見逃さないようにしているのだと。
そう思ったら、胸の奥に小さな灯りがともった。
私はまだまだ未熟で、梢のように強くもない。でも、見てくれている人がいる。支えてくれる姉がいる。だから、ここから先、少しずつでも進んでいける気がした。
主任の視線がどう映しているかは分からない。でも、いつか胸を張って見返せるようになりたい。そう思いながら、私はもう一度、足を踏み込んだ。
訓練も終えて、更衣室へ向かう廊下を歩いているときのことだった。稽古の疲れがどっと押し寄せてきて、私も梢も無言になっていた。そんな静けさを破ったのは、梢の突然の小声だった。
「足腰がいたーい!」
その声は、まるで誰にも聞かれたくない秘密を漏らすみたいに小さくて、でも切実で、私は思わず吹き出しそうになった。普段は強がりで、弱音なんて滅多に言わない梢が、こんなふうに素直に痛みを訴えるなんて珍しい。
「そんなに?」と聞こうとした瞬間、今度は自分の胸元からふわっとイヤ~な匂いが上がってきて・・・
「……シャツとブラが臭くてきもちわるーい…」
言ったあとで、しまった!と思った。これは梢が絶対に笑う。案の定、梢は痛い足腰を忘れたみたいに肩を震わせて笑い始めた。
「華、それは……それは私より深刻じゃん……!」
「笑わないでよ!ほんとに気持ち悪いんだから…特にブラから上がってくるわけのわからないにおい・・・」
「だって……稽古中ずっと汗かいてたもんね……!」
梢の笑い声につられて、私も結局笑ってしまった。廊下に二人の笑い声が響いて、さっきまでの疲れが少しだけ軽くなる。
でも、笑いながらも、私はふと考えてしまう。
――主任は、こんな私たちをどう見ているんだろう。
稽古中は真剣に技を磨こうとしているけれど、裏ではこんなふうに痛いだの臭いだの言って、20歳の女の子らしく騒いでいる。主任の落ち着いた目には、私たちはどう映っているのだろう。
梢はまだ笑いながら、私の肩を軽く叩いた。
「華、主任はさ、きっとこういうのも含めて見てるよ。私たちが必死に頑張ってるところも、こうやってくだらないことで笑ってるところも」
「……恥ずかしいんだけど」
「恥ずかしいくらいがちょうどいいんだよ。人間らしくて」
梢の言葉は、いつも不思議と胸にすっと入ってくる。
更衣室の扉が近づいてきて、私は深呼吸をした。汗の匂いも、足腰の痛みも、全部今日の努力の証だと思えば、少しだけ誇らしくなる。
「帰ったらすぐ洗濯しよ……」
「私は湿布買って貼る……」
そんな他愛もない会話をしながら、私たちは更衣室の扉を押しました。
今日はお家のことをなにもかも終わらせ、ひとりでこうしてnoteをしていますが、これから先は、どちらかがこうしたお休みの体勢になります。わたしたちは先月まで、何をするにもふたりで一緒でした。これからはそうもいかなくなるので、何かできること、ちいさなことでもいいので、なにかしたいことを見つけて行こうと考えています。
で、いま、気が付いたんだけど、梢の帰りが遅い。電車の中でまた寝てしまって終点まで行ったかもしれないので、これから駅へ行って、どの電車に乗って来るか分からいけど、迎えにいってきます。
今日もわたしたちの日記を読んでいただいてありがとうございます。
