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音と記憶の間に― ひとりごとの記録 10 | どこにいようと、君はここにいる


冬の気配が深まると、胸の奥がわずかに軋む。

ちょうど45年前の1980年12月8日、
ジョン・レノンが射殺された。

毎年この季節になると、あの日の自分が静かに姿を現す。


高校二年の冬。

その日の仙台は、例年よりも寒く、
外へ出ると息が長く白く伸びた。
手袋をしていても指先が冷えるような、
静かな寒さだった。


期末試験を終えて早く帰宅し、
いつものようにテレビのスイッチを入れた。
その瞬間、部屋の温度が一段下がったように感じた。

ジョン・レノン死亡──


アナウンサーの声は淡々としていたが、
言葉だけが鋭く胸の奥へ落ちていった。


混乱というほど激しくもなく、
泣くほど整理されてもいない。

ただ、自分の中の何かがうまく噛み合わなくなるような感覚。

さっきまで気にしていた試験の出来や、
友人との雑談の余韻まで、すべてが霧散した。
現実のほうが遠く、ニュースのほうが近かった。

ダメだ、実感が追いつかない。

私はレコード棚の前にしゃがみ込み、
ジョンの声の軌跡をなぞるように、
ビートルズからソロへと針を落とした。


試験期間中であることも忘れて、ただ聴き続けた。
「確認している」というより、
現実と自分を何とかつなぎ止めるための手触りを探していた。


気がつけば深夜。
「マインド・ゲームス」の柔らかいイントロが、
部屋の暗がりにそっと灯りをともすように流れた。

“Love is the answer”──

やっと、涙があふれてきた。

ずっと遠くにあった“実感”が、
ふいに目の前へ降りてきた。
ああ、もうジョンはいないのだ、と。


翌日のテレビもジョンのニュースばかりだった。
その中で、追悼映像に「イエスタディ」を重ねている番組があった。
ほんの数秒だったが、私は小さく眉をひそめた。

「ビートルズを流せばいいってもんじゃないだろ!」

マスコミの薄っぺらさというものを
初めて感じた瞬間でもあった。

12月8日。今日も針を落とす。
スタートは「You Are Here」から始めたい…。

“Wherever you are, you are here.”
どこにいようと、君はここにいる。




📎過去の「ビートルズへの愛を書いた記事」を合わせて読んでいただくと、もっと理解しやすくなります。▼



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この文章の背景にある、仕事と記憶の出発点については、
こちらにまとめています。


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浅川幸三 | クリエイティブプロデューサー 共感でも、違和感でも。 何かが残ったなら、それで本望です。 サポートは次の一行のために。